川内原発の”先例”が他の審査に波及 必要最低限の施設で審査にパス狙う電力各社

 電力各社は、原発事故が起きた時の対策拠点を、必要最低限の施設とし、新しい規制基準にパスしようとしている。しかし、新基準の基になった東京電力福島第一原発事故の現場では、既存の免震重要棟では性能も広さも足りず、改良と増築を迫られた。(山川剛史、小倉貞俊)

揺れを緩和、電源は独立、放射線も防護-が免震重要棟の機能

福島第一の作業を救った免震重要棟。それでも狭く、機能は不足

 免震棟が原発に導入されるきっかけは、二〇〇七年の新潟県中越沖地震にさかのぼる。
 想定していなかった活断層の影響で、東電柏崎刈羽原発は想定を超える地震に見舞われた。地下の消火配管が損傷し、3号機では変圧器火災が発生。事務本館一階に置かれていた緊急時の対策拠点の扉がゆがんで開かなくなり、地元消防などと満足に連絡できなくなった。
 その教訓を踏まえ、福島第一にも設置されたのが、免震重要棟で、地震の揺れを三分の一以下にし、通信設備や非常用の自家発電機を備えた二階建て三千七百平方メートルの施設だ。福島第一の事故では、吉田昌郎(まさお)所長(当時)らがここを拠点とし、周辺で電力と通信が途絶える中でも、本店とテレビ会議で対策を練った。
 「あれがなかったらと思うとぞっとする」。後に国会事故調査委員会で、事故当時社長だった清水正孝氏は免震棟の役割をこう語った。
 東電が他社に先駆けて導入した免震棟が、収束作業の重要な役割を果たしてきたことは確かだ。ただ、きちんと施設が設計されたはずでも、現実の事故はもっと厳しかった。
窓からは放射線が差し込み、線量計や防護服、食料も足りない中で、疲れた作業員は防護服姿のまま廊下などで眠った。棟内に持ち込まれた放射性物質の付着した粉じんを除去するフィルターも不十分だった。
 東電がまとめた作業員の被ばく調査で、事故初期、発がんリスクが明確に高まる一〇〇ミリシーベルトを超える被ばくをした作業員は百八人いるが、その大半は粉じんの吸い込みなどによる内部被ばくが原因だったことが分かっている。
 こうした現実を踏まえ、東電は窓を鉛板でふさぎ、棟内を徹底的に掃除した上で各所に集じん機を設置した。支援要員が駆けつけ始めると、既存の建物では狭くなり、隣接する駐車場をつぶして簡易型の建物を次々と増設。ビニールの靴カバーやゴム手袋などの着脱や、装備を確認するスペースの確保に迫られた。

事故後、福島第一の免震重要棟は大幅増築

教訓忘れ、広がる「最低限の施設で審査に通り、早く再稼働できるなら…」の認識

 原発を動かす電力会社なら、福島第一の免震重要棟で何が起き、必要な性能が何かは十分に認識しているはずだ。それでも多くの社が対策拠点の規模や性能を低いものにし始めたのは、余計なコストや時間をかけなくても済み、さらに原子力規制委員会の審査にも通ることを知ったからだ。
 各社が判断材料にしたのが、八月に初めて再稼働した九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県)の事例。九電は、免震機能も、きちんとした水道施設もなく、約百七十平方メートルと狭い代替施設を当面の対策拠点とする方針を提示。その程度の施設で、規制委は十分と認めた。
本紙の取材に対し、複数の電力会社が「川内原発の例を踏まえて決めた」などと証言。ある社の担当者は「早く審査に通って再稼働させたいので、工期の(短くなる)ことも考えた」と話した。

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