東電元幹部強制起訴へ 検審再議決要旨 対策怠り甚大被害招く

 東京電力福島第一原発事故の刑事責任をめぐり、東京第5検察審査会が、東電の勝俣恒久元会長ら3人を起訴すべきだと議決した。最悪レベルの重大事故の責任が、初めて公開の法廷で問われる。議決は、事故が起きれば、取り返しがつかない被害を及ぼす原発の本質を軸に、対策を怠ってきた東電を厳しく批判。東電の責任を問わなかった検察の姿勢にも切り込んだ。

(1)当時の知見

 二〇〇二年七月、政府の地震調査研究推進本部により、三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのどこででもマグニチュード(M)8・2前後の地震津波が発生する可能性がある、との長期評価が公表された。
 〇六年九月、原子力安全委員会(廃止)が原発の耐震基準に関する指針を改定、「極めてまれだが発生する可能性のある津波で、施設の安全機能が重大な影響を受ける恐れがないこと」を十分考慮するよう求めた。これを受け原子力安全・保安院(廃止)は各電力事業者に、新指針に照らして既設の原発の耐震安全性を評価して報告を求める耐震バックチェックを指示。津波評価は最新の知見を考慮することとした。
 関係者によると、東電の土木調査グループでは▽長期評価に基づいて試算すれば、その時点の福島第一の想定津波を大幅に上回る高さの津波が算出される、と予想されていたこと▽〇七年七月の新潟県中越沖地震の発生後は柏崎刈羽原発の運転を停止し、東電の収支を悪化させていたこと▽耐震バックチェックで長期評価に基づく津波評価をした結果、対策工事を実施すべきこととなった場合、福島第一の安全性を疑問視され、最悪の場合、運転停止になり、東電の収支をさらに悪化させること-が危惧されていたことが分かる。
 同年十一月、東電設計から、長期評価を用いた津波高が七・七メートル以上となる試算結果が出された。〇八年二月の東電の打ち合わせで、土木調査グループから元会長ら三人に報告され、資料が配られた。
 三月には、東電設計から、明治三陸沖地震の波源モデルを福島県沖海溝沿いに設定して試算した最大津波が、福島第一の敷地南側で一五・七メートルになるとの試算結果が出された。当時の想定津波高五・四~五・七メートルを大幅に超え、タービン建屋の設置された十メートル盤を大きく超えて浸水してしまうのは明らかだった。
 〇八年六月、土木調査グループの担当者は、武藤栄元副社長に資料を示しながら、一五・七メートルの試算結果を報告。原子炉建屋などを津波から守るためには、海抜十メートルの敷地上に約十メートルの防潮堤を設置する必要があることなどを説明した。
 武藤元副社長はいくつかの検討を指示したが、七月には土木調査グループに対し、耐震バックチェックでは推進本部の長期評価は取り入れず、津波評価技術に基づいて実施するよう指示。長期評価は土木学会の検討に委ねることとし、その方針は保安院などの了解を得た。
 〇八年八月、土木調査グループは東電設計から、長期評価を用いて房総沖地震の波源モデルで設定した場合の津波高が一三・六メートルになる試算結果を受領。十月、ある教授から、(八六九年に起きた)貞観津波の数値シミュレーションに関する原稿を渡されたが、貞観津波もバックチェックに取り入れず、土木学会の検討に委ねる方針とした。その後、東電設計からは、貞観津波の波源モデルを用いた津波高が八・六~九・二メートルとなるとの試算結果を受け取った。
 〇九年六月の東電株主総会本部長手持ち資料には、福島地区の津波評価として、推進本部の長期評価と貞観津波について記載され、これに伴う津波を考慮すると敷地レベルまで達し、非常用海水ポンプは水没する旨が記された。
 東電では、一九九一年十月の福島第一での海水漏えい事故で、タービン建屋の地下一階の非常用ディーゼル発電機が水没。二〇〇七年七月の新潟県中越沖地震では、柏崎刈羽原発1号機の消火用配管の破裂で建屋内に浸水する事故を経験していた。海外では、一九九九年十二月の仏ルブレイエ原発の浸水事故、二〇〇四年十二月のスマトラ沖地震の津波によるマドラス原発2号機の非常用海水ポンプ水没事故が発生していた。
 保安院は〇六年一月以降、想定津波高を超える津波が襲来した場合の原発の設備に与える影響を把握するため、溢水(いっすい)勉強会を継続的に開催。東電も参加した。
 〇六年五月の勉強会では、福島第一5号機で敷地高を一メートル(海抜十四メートル)超える津波が無制限に襲来した場合、全電源喪失の危険性があると明らかになった。福島第一に敷地高を超える津波がひとたび襲来した場合には、電源喪失による重大事故が発生する可能性があることは、その時すでに明らかになっていた。

(2)予見可能性

 一九八六年四月のチェルノブイリ原発事故は大きな教訓だ。九二年の伊方原発訴訟最高裁判決では、原子炉設置許可の基準の趣旨を「生命に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こす恐れがあることに鑑み、右災害が万が一にも起こらないようにするため」だと示されている。想定を大きく上回る災害が発生する可能性があることまで考えて、備えておかなければならない。これは原発に関わる責任ある地位の者にとっては、重要な責務といえる。
 さらに、原発の浸水事故が電源喪失という事態を招く危険性があることは、仏ルブレイエ原発など海外事例に加え、東電自体が福島第一と柏崎刈羽の事故で経験している。〇六年の溢水勉強会では、全電源喪失という最も危険な状態にいたる可能性が示された。
 当時の東電において、推進本部の長期評価、東電設計の試算結果を認識する者にとっては、津波地震と、福島第一の十メートル盤を大きく超える巨大な津波が発生することは具体的な予見可能性があったというべきであり、最悪の場合、浸水事故による炉心損傷などを経て、放射性物質の大量排出を招く重大で過酷な事故につながることについても具体的な予見可能性があったというべきである。
 検察官は、長期評価の信頼度などによれば、当時、福島第一の十メートル盤を超える巨大津波が発生すると予見する者はなく、「行為者と同じ立場に置かれた一般通常人」を基準に考えると具体的な予見可能性を認めることができない、と考えているようだ。
 しかし、ここでいう「行為者と同じ立場に置かれた一般通常人」とは、高度な知識を有する者たち一般を意味していると考えられる。原発に関わる責任ある地位の者であれば、万が一にも重大で過酷な原発事故を発生させてはならず、「万が一にも」「まれではあるが」発生する場合があることまで考慮して、備えておかなければならない高度な注意義務を負っていたというべきである。
 当時の東電は、原発の安全対策よりもコストを優先する判断をしていた感が否めないが、責任ある地位の者のあるべき姿勢としては、コストより安全対策を第一とする考え方に基づくべきだ。

(3)幹部3人

 勝俣元会長は〇二年十月から社長として、〇八年からは会長として、経営における最高責任者としてのさまざまな重要な経営判断を行ってきた。
 武黒一郎元副社長は〇五年六月から原子力・立地本部長として、〇七年六月からは副社長原子力・立地本部長として、実質的経営判断を行ってきた。
 武藤元副社長は〇五年六月から原子力・立地本部副本部長として、一〇年六月からは副社長原子力・立地本部長として、技術的事項に関して実質的判断を行ってきた。
 三人は、いずれも安全対策に関する実質的判断を行う権限を有し、地震、津波による重大事故の発生を未然に防止すべき業務に従事してきた。
 〇八年二月の打ち合わせでは、勝俣元会長らに想定津波高が七・七メートル以上に上昇する可能性があるという試算結果が報告され、資料も配布されていた。
 同年三月十八日には、津波高一五・七メートルの試算結果が出され、その後も勝俣元会長らの出席する地震対応打ち合わせは回を重ねて実施されていることからすれば、三人は試算結果について報告を受けていることが強く推認される。武藤元副社長は〇八年六月にはこの報告を受けたと認める供述をしている。
 武黒元副社長についても、〇八年六月に武藤元副社長から報告を受けていることからすれば、それと近い時期には同様の情報を認識するようになったと考えられる。武黒元副社長は〇九年四月か五月には報告を受けた旨供述している。
 勝俣元会長は、出席したことが間違いない〇八年二月の地震対応打ち合わせでも津波高七・七メートルの試算結果の報告を受けた記憶がないと供述し、その後においても津波高一五・七メートルの試算結果については報告を受けていない旨供述する。
 しかし、この地震対応打ち合わせは、勝俣元会長への説明を行う「御前会議」とも言われ、出席できなかった時も資料には目を通していた旨供述している。津波対策には少なくとも数百億円以上の規模の費用がかかる可能性があり、最高責任者に説明しないことは考えられない。
 さらに、〇九年六月の株主総会の資料には、「巨大津波に関する新知見」が記載され、津波で非常用海水ポンプが水没する事故が発生する可能性があることが記されている。勝俣元会長は、少なくとも〇九年六月までには一五・七メートルの試算結果の報告を受けていることが十分に推認される。
 三人はいずれも原発の安全対策に関わる高度な知識を有する者として、津波による事故が「万が一にも」「まれではあるが」発生した場合にも備えておかなければならない責務を有している。十メートル盤を大きく超える津波が発生することについて具体的な予見可能性があり、最悪の場合、浸水による電源喪失、炉心損傷等をへて、放射性物質を大量に排出してしまう重大事故、過酷事故が発生することに具体的な予見可能性があったというべきである。

(4)結果回避

 津波高一五・七メートルの試算が出され、対策を講じる必要性が生じていた。武藤元副社長が〇八年七月、耐震バックチェックに推進本部の長期評価を取り入れる方針を変更し、土木学会の検討に委ねることになった。
 この判断は、安全対策のために発生する可能性のある数百億円以上に及ぶ支出を避け、安全より経済合理性を優先して、単なる先送りをしたとみられる余地がある。しかし、どのような津波対策を講じるのが適切か、慎重に検討する姿勢だったのであれば、誤った判断であるとも言えない。
 検察官は、何らかの安全対策を講じなければならなかったとしても、緊急性は認められなかったと考えているようである。
 しかし、原発は「万が一にも」「まれではあるが」発生する津波による災害にも備えておかなければならない。勝俣元会長らには、十メートル盤を超えるような津波が発生し、浸水事故が生じると最悪の場合には全電源喪失、炉心損傷等をへて、放射性物質の大量排出などの重大事故、過酷事故が発生する具体的な予見可能性があった。対策を検討している間だけでも、運転停止を含めたあらゆる結果回避措置を講じるべきだった。仮に停止していれば、東日本大震災により炉心損傷等の重大事故が発生することは回避できたことは明らか。
 福島第一は原発の中でも特に古く、〇〇年二月に明らかとなった電気事業者連合会の調査結果では、想定津波高の一・二倍の津波が発生すれば浸水してしまうという、日本で最も余裕が少ない原発で、〇六年十月に保安院によるヒアリングで、想定津波高と非常用海水ポンプとの余裕が少ないサイトであること等の問題提起がなされた。
 実際、〇八年六月、武藤元副社長に、一五・七メートルの試算結果が報告され、原子炉建屋を守るため海抜十メートルの敷地上に約十メートルの防潮堤を設置する必要があることが説明された。
 そうすると、海抜二十メートルとなるような防潮堤を設置する対策案は上がっていたのであり、これによれば、東日本大震災のような規模の地震、津波についても浸水を回避することは十分に可能だった。浸水を前提とした津波対策(小型発電機や可搬式コンプレッサー等を高台におくこと等の措置)についても検討する余地があった。
 勝俣元会長らには結果回避可能性があり、結果回避義務が認められる。
 検察官は法令等に基づく運転停止を命じられる等の事情もなく、定期点検等でもないのに運転を停止する根拠がなく、電気の安定供給にも支障が生じる可能性があるとして運転停止はできなかったと考えているようである。柏崎刈羽原発が運転停止中で、福島第一をも停止することの影響を考えないわけにはいかない。
 しかし、ひとたび発生すると取り返しのつかない事態が考えられる原発事故においては、検察官の考えているようなことは何の説得力も感じられない。
 むしろ、十メートル盤を大きく超える津波の発生する可能性や浸水事故が発生した場合の被害の甚大さを予見することが十分に可能であった東電こそが、率先して、運転を停止することを含めた合理的な安全対策を講じるべきだった。
 運転停止を含めた対策はできなかったという主張は、放射性物質の大量排出による汚染を招き、ついには人類の種の保存にも悪影響を及ぼしかねない事態に至ってしまう重大さを忘れた誤った考えに基づくものと言わざるを得ない。
 安全対策よりも経済合理性を優先させ、「万が一にも」「まれではあるが」発生する可能性のある災害について予見可能性があったにもかかわらず、それに目をつぶって何ら効果的な対策を講じようとはしなかった勝俣元会長らの姿勢について、適正な法的評価を下すべきではないかということである。

(5)被害者

 建屋地下で浸水により死亡した作業員二人は、(東電が)地震発生までに防潮堤などの設置が可能だったか判断が困難で、被害者とするのは相当ではない。
 建屋の水素爆発で負傷した東電関係者と自衛官ら十三人は、負傷と事故との因果関係が認められ、被害者に相当する。
 福島県大熊町の双葉病院に入院していた患者四十四人は、避難の過程で既往症を悪化させ死亡したため、事故との因果関係が認められ、被害者に相当する。
 心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した疑いのある二人は、事故との因果関係があると判断するのは困難で、被害者に相当しない。
 被ばくをした一人が甲状腺がんの診断を受け、十一人に甲状腺の嚢胞(のうほう)、結節が見られるが、放射性物質の大量排出との因果関係があると判断するのは困難で、被害者とするのは相当でない。

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