<東海第二原発 再考再稼働>福島原発訴訟の原告・丹治杉江さん「恐ろしい被災者間の分断」

 月に一度か二度、必ず福島に行き、変わっていく様子を写真に収めて記録し続けている。福島の復興の問題や、事故がどう収束しているのかを伝えている。
 昨年9月には、日本原子力発電東海第二原発がある東海村で講演し、「東海第二で事故が起きたら、私たちと同じように、支援が不十分なまま、故郷が奪われることになる」と話した。
 福島県いわき市で夫と家電品店を営んでいた。震災時は、車を運転していて突然、ドーンと突き上げるような揺れを感じた。アスファルトの道路はぐにゃぐにゃと波打ち、港の船は津波で丘に打ち上げられていた。
 いわきは東京電力福島第一原発から50キロほど。テレビで「不要の外出をやめてください」と言い始めて、昼間の駅前も誰も歩かないゴーストタウンになってしまった。
 家は無事だったので、前橋市に自主避難するまでいわき市内の避難所に食べ物や衣類を運び、炊き出しを手伝って支援を続けた。避難所は暖房がなく、トイレは流れない。お湯がなく、カップラーメンをかじって食べるような状況で生活していた。どこの避難所も同じで、人間らしい生活ができていなかった。

福島原発訴訟の原告・丹治杉江さん

 原発事故が一番恐ろしいと思うのは、被災者の間に分断が起きてしまうこと。同じ被災者でも家に帰れない状況が同じなのに、原発からの距離や家族構成、仕事などで賠償金が変わり、人の心がすさんでしまう。
 賠償の線引きが実態に合っていなくて、地域のコミュニケーションがズタズタになった。弱い立場の人はより弱くなり、格差が広がったと感じる。
 被災者同士で力を合わせて、国や東電に賠償をさせようという気持ちでいないといけないのに、気持ちがバラバラになってしまった。元の暮らしに戻り、「国と東電に責任あり」の判決を勝ち取るためにも、私たちは今、裁判で闘っている。
 東海第二が原子力規制委員会の審査に適合したと聞いた時、むなしく感じた。福島と真摯(しんし)に向き合ったら、再稼働などあり得ない。地震大国にある老朽原発で、30キロ圏内の人口も約94万人で多い。電気も足りている。
 憲法が保障する人間の尊厳を考えたら、原発ほど不公正なものはないと思う。原発事故の後、一人の命の重さは同じだということを、ものすごく考えさせられている。
 30キロ圏の人が避難するのは、福島の事故を考えると、たいへん困難だということが分かる。そこに放射性物質が容赦なく降り注ぐということも起きた。30キロ圏から出られたとしても、10年、20年、希望を持てる暮らしを保障できるのか。あり得ない。 (聞き手・水谷エリナ)

<たんじ・すぎえ> 1956年、群馬県伊勢崎市生まれ。東京電力福島第一原発事故を受けて2011年7月、当時住んでいた福島県いわき市から前橋市へ夫の幹夫さん(66)と避難。事故で福島から群馬に避難した住民たちが、国と東電に損害賠償を求めた裁判の原告代表を務める。一審前橋地裁は17年3月、国と東電の責任を認め、原告62人について計3855万円の支払いを命じた。原告のうち約半数は、賠償額が被害を十分に反映していないとして控訴し、国と東電も控訴。東京高裁で訴訟が続いている。

東海第二原発とは?

 日本原子力発電が1978年11月に営業運転開始。出力は110万キロワットで、電気を東京電力や東北電力に供給していた。東日本大震災時は外部電源を失い、冷温停止まで3日半かかった。都心に最も近い原発で、都庁までの距離は福島第一からの半分程度の約120キロ。重大事故が起きた場合、首都圏全域に甚大な被害を及ぼす可能性がある。
 2018年11月に原子力規制委員会が最長20年の運転延長を認めた。再稼働の対策工事は21年3月までかかる見込みで、資金支援のため、東京電力などが約3500億円を拠出する構図も固まった。再稼働には、東海村や水戸市など6市村の同意が必要で、首長がどう判断するかが焦点になる。

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