<原発のない国へ 事故8年の福島5>人手不足 商店再建に影

 福島県楢葉町のJR常磐線竜田(たつた)駅近くで2018年秋、菓子店「かんの家(や) 菓子工房」が営業を再開した。地元産のゆずを使ったケーキなど、趣向を凝らした自家製の品々が、7年半ぶりに店先を彩った。
 全町に出された避難指示は、15年9月に解除された。店主の菅野(かんの)文弘さん(53)は、昨年10月に避難先のいわき市から戻った。
 「何とか軌道に乗ってきた」と話すが、客足は震災前の半分ほど。戻った住民は少なく、食品や日用品を扱う店の経営は厳しい。菅野さんは「子どもが減ったから、七五三やひな祭りの菓子もやめた」と話す。

昨年10月、7年半ぶりに営業再開した「かんの家菓子工房」。商品の種類は震災前の半分以下に減らした=福島県楢葉町で

シャッターが下りた店多く

 JR広野駅(広野町)前の商店街はシャッターが下りたままの店が目立つ。原発事故後も商売を続けた「渡辺金物店」では除染作業員がいたころ工具などがよく売れた。「繁盛したんだけど、今じゃすっかり落ち着いてしまった」と店主の渡辺正さん(86)。近所の呉服店や鮮魚店は、事故後に店を閉めた。
 ほとんど人通りがない商店街。「ひので美容院」から高齢の女性客が出てきた。母と2人で店を切り盛りする黒田つな子さん(58)は「地元のお年寄りがほとんどで、新しいお客さんは来ない」と嘆く。町の避難指示解除から間もなく7年。町商工会の1月下旬の集計で、町内182の会員事業所の9割が地元で再開したというが実感できない。

行政支援で民間運営に限界も

 避難指示解除が進む地域では、広い駐車場を備え、食品スーパーやドラッグストアなどが入る大型商業施設の開業が相次いでいる。富岡町の「さくらモール」、楢葉町の「ここなら笑(しょう)店街」、南相馬市の「小高ストア」があり、浪江町には今夏、「イオン浪江店」(仮称)ができる。
 いずれの施設も、自治体が国の助成制度などで建物整備費や賃料を支援する。避難から戻ろうと考えている人たちの要望に応じ、住民の帰還を促したい自治体の思惑がある。
 だが、住民が少ないため、人手不足に直面している。ここなら笑店街に入る地元スーパーは当初、従業員を確保できないとして出店を断ったものの、地元の強い要望で折れたという。
 県商工会連合会浜通り広域指導センターの松岡洋文所長(54)は「パートやアルバイトの時給の相場は、事故前の倍の1500円にもなっている。それでもなかなか働き手が見つからない」と気をもむ。
 人がいなければ店は成り立たず、店がなければ人は住まない-。険しい道が続く。 (宮尾幹成)

地元で営業再開は3割強

 福島県商工会連合会の1月下旬の集計では、避難指示が出た12市町村の2621の会員事業所のうち、営業再開(新規開店含む)は68%の1783事業所。地元での再開は871事業所で、全体の33.2%にとどまる。
 避難指示の解除が早かった広野町や川内村では9割超が営業再開し、大部分は地元に戻った。放射能汚染の影響で解除まで時間がかかった地域ほど地元再開率は下がり、富岡町で21.9%、浪江町で9.4%。なじみ客が頼みの飲食業や小売業は、営業再開した店の6割ほどが地元で再開している。

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