会津に移住し「人生の楽園」を再建中 飯舘村の三角常雄さん

 理想の山村暮らしを求め、2006年から福島県飯舘村で暮らしていた三角(みすみ)常雄さん(68)は、東京電力福島第一原発事故による深刻な放射能汚染が残る村から移住する選択をした。現在、避難先でもあった同県下郷町で原野を買い、「人生の楽園」再建に向け奮闘している。 (山川剛史)

飯舘の家「理想形の7割」で原発事故

 飯舘村の家は、敷地内で山菜やキノコが採れ、沢にはイワナもいる。「理想形の7割」ができたと喜んでいたところ原発事故が起きた。家の周囲だけは除染され、放射線量は家の中なら毎時0.3マイクロシーベルト程度にまで下がった。だが、敷地内の森に一歩足を踏み入れれば、線量ははね上がる。土も高濃度に汚染されている。移住を決めた。

150キロ離れた避難先の会津で再建

 約150キロ離れた会津地方の下郷町にある農園付きのコテージに6年間避難。その間、町内に土地を見つけて購入しログハウスを建てた。再び造成で出た岩でバーベキューコーナーを造り、ナラはたきぎにするなど、ゆっくりした日々ながら、やるべきことは多い。
 「ここなら事故の影響はほぼない。孫も安心して遊ばせられる。野菜のほかシイタケ栽培も再開したよ。サルに荒らされるのが新たな悩みの種だ」
 顔をしかめた三角さんだが、目は笑っていた。

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