新世代 水素エネ産地へ 福島県浪江町の旧原発用地

 2020年東京五輪・パラリンピックに向けて、福島県で原発ができるはずだった場所が、世界最大級の水素製造工場になる。東北電力が浪江町と南相馬市にまたがる土地に造ろうとしていた「浪江・小高原発」。地元農家の強い反対で計画が先送りされ、東京電力福島第一原発の事故後に中止となった。新世代のエネルギー拠点に住民たちの期待は膨らむ。 (内田淳二)

福島県浪江町にできる水素製造工場の完成予想図。UTT設備は水を一度ためるなどする設備(東芝エネルギーシステムズ提供)

浪江町「世界に復興アピール」

 福島第一原発の北10キロ。浪江町の海沿いの高台で造成が進む。広さ約128ヘクタールの土地は、東北電が原発建設のため確保し、震災前は雑木林や休耕地が広がっていた。この一角で19年度中に完成予定の工場は、敷地内の太陽光発電で生んだ電力を使い、水を分解して水素を造る。水素は、酸素と反応させて発電する燃料電池に活用する。年間製造量は900トンで世界最大規模。燃料電池車1万台が1万キロ走れる量に相当する。水素を東京に運び、五輪の選手村や観客らを運ぶバスの電力を賄う構想がある。
 再生可能エネルギーの水素は、発電量が天候に左右される太陽光や風力発電の補完手段として期待されている。工場は、採算性を検証する新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業で、国費100億円超を投じる。東北電と東芝、産業ガス大手の岩谷産業も参加する。
 原発事故で全町避難を強いられた浪江町は、避難指示の一部解除から1年が過ぎても、町に住むのは登録人口の4%。町産業振興課の担当者は「雇用が増えるだけではなく『浪江発の新エネルギー』として、世界に復興をアピールできる」と期待を寄せている。

「東北電さんは命拾いしたよ」と住民

 「原発が完成していたら地震で何が起きたか分からない。そこが水素の工場になるなんて。東北電さんは命拾いしたよ」。原発建設の反対運動をしていた元農家の男性(71)=福島県いわき市=は皮肉を交えた。
 この土地に原発計画が浮上したのは約50年前の1967年。福島第一の建設と前後し、浪江町に建設特需が及ぶ中、町長や町議会が誘致に動いた。予定地の地主の約140世帯の農家は、一斉に反発。「先祖の墓を売るな」「子孫の健康を売るな」。農村のあちこちに看板が立った。

反対運動、東日本大震災 そして原発計画は中止に

 東北電側は反対派の切り崩しにかかった。盆踊りなどの行事に景品を出し、酒宴を開いた。子が東北電や町役場に就職する世帯が増え、兼業で福島第一で働く人は土地を手放した。
 それでも、土地を売らない農家は残った。東北電は79年の運転開始を目指したものの、先送りを繰り返し、84年に女川原発(宮城県)が稼働。90年代に反対派の説得にあたった元社員の男性(80)=仙台市=は「電力需要も伸びず、浪江・小高をどうしても造りたいという空気は、なくなっていった」と明かした。
 2011年の東日本大震災で、計画地そばの集落は津波で流された。災害危険区域となり、人は住めない。東北電は13年、計画を断念。町に用地を無償譲渡し、水素製造工場の建設が決まった。元町民の女性(66)=いわき市=は「原発ができていれば町を潤したかもしれないけど、安全と引き換え。みんなに歓迎される施設ができることはうれしい」と喜んでいる。

関連記事