浪江のADR交渉決裂 遠のく迅速賠償

 東京電力福島第一原発事故で、六日明らかになった福島県浪江町と東電との和解交渉打ち切り。被災者が東電への賠償請求に利用している裁判外紛争解決手続き(ADR)は支払いの迅速化が狙いだったが、東電の度重なる拒否で機能しなかった。今後は住民が裁判に訴えたとしても長期化は避けられず、制度上の課題を残した。(宮尾幹成、小川慎一)

大震災で損傷した店舗や解体後の空き地が目立つJR常磐線浪江駅前。夜には人通りはなかった=4月6日夜、福島県浪江町で

一律

 原発事故による賠償を、東電に求める方法は三つある。その一つが、浪江町が利用したADRの申し立てだ。仲介役となるのは、国の原子力損害賠償紛争解決センター。センターによると、申し立てから和解案の提示までは二〇一七年の平均で十カ月弱。東電が和解案を受け入れれば、一年ほどで賠償金を受け取れる。
 だが浪江町の申し立てでは、一四年三月に和解案が示されたものの、東電が四年間にわたって拒否を続けた。東電広報部は「全員に一律に賠償を行うことは困難。個別の事情に応じた審理をお願いしたが、認められなかった」と説明する。
 過去には、「個別の事情」でセンターが和解案を示さなかった例もある。栃木県北部の住民約七千三百人が一五年六月、東電に総額約十九億円の賠償を求めたが、センターが「一律の賠償は困難」として和解を打ち切っていた。

苦言

 浪江町の馬場有(たもつ)町長は、東電の対応について「不誠実な姿勢は言語道断。加害者としての意識がひとかけらもない」と断じる。被災者の生活再建に取り組む姿勢として東電が掲げた「三つの誓い」に、センターが提示した和解案の尊重が含まれているからだ。
 東電は、これまでの手続きの大部分で和解案を受諾しているが、拒否した例も少なくない。センターの集計では、一七年までに処理した申し立て二万一千三百九十九件のうち、東電の拒否で打ち切りとなったのは七十二件。個別の内容は明らかでないが、浪江町のような大人数の集団申し立てでは初めてとみられる。
 馬場氏は、長期審理の末に手続きを打ち切ったセンターに対しても「客観的立場でスピーディーに解決する機関ではなかったのか。設置目的は根底から覆された」と苦言を呈した。

矛盾

 被災者が集団での申し立てを選ぶのは、避難先が各地に散らばり、高齢者など個人での手続きが困難な住民も多いからだ。集団申し立ては、簡易な手続きで迅速な賠償の支払いを実現するというADRの趣旨にも合う。ただ、集団の規模が大きくなればなるほど、一律の賠償が認められにくくなる矛盾も抱えている。
 原発事故は、自治体の住民全員が避難を強いられ、放射線量が高い地域は、住民が許可なく立ち入ることさえできない。このため浪江町の申し立てでは「地域コミュニティー全体が破壊された」と訴えていた。
 しかし、賠償基準となっている原子力損害賠償紛争審査会による「中間指針」は、コミュニティーの崩壊など普遍的な損害についての賠償を含んでいない。
 東電に損害賠償を求める集団訴訟の判決では、こうした損害への賠償を認め、指針が不十分との指摘が相次いでいる。賠償に詳しい大阪市立大の除本理史(よけもとまさふみ)教授(環境政策論)は「地域社会全体の被害に目を向け、基準を見直すべきだ」と訴える。

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