99、00年、「防災区域拡大」の国民意見が相次いだのに、旧安全委が無視

 国が一九九九年と二〇〇〇年に防災指針を改定した際、意見募集(パブリックコメント)で、原発事故に備えた防災対策の重点区域(EPZ)の拡大を求める意見が相次いだのに、原子力安全委員会が退けていたことが分かった。福島第一原発事故では重点区域を越えて放射性物質が拡散し、住民が避難をするなど、指針の不備が露呈。安全委の判断の甘さがあらためて浮かび上がった。

かつては重点区域は原発8~10キロ

 指針は八〇年に決められ、EPZは原発から半径八~十キロと定められた。安全委の資料によると、〇〇年四~五月の意見募集では、兵庫県の防災担当責任者だった斎藤富雄防災監(当時)が、EPZ外でも農産物や飲料水を通じて放射性物質が拡散する可能性があると指摘。「原発からの距離により、対応の必要性を判断するのは不適切だ」と訴えた。
 新潟県柏崎市議(当時)は「チェルノブイリ級の被害想定もすべきだ。震災やテロなど日本でも被害が発生する可能性はゼロではない」と指摘した。
 だが、防災指針改定を審議する安全委の専門部会(能沢正雄部会長=当時)は、同年五月二十四日の会合で、こうした指摘を一蹴。能沢氏は「EPZは広ければいいというものではない」「チェルノブイリは安全設計の思想の違いを含め、防災の対象として考える必要はない」と述べた。
 結局、部会はEPZ外の飲食物汚染について、指針に「摂取制限などの措置」を追加したほかは、意見に基づく修正は見送った。
 九九年五~六月の意見募集では、脱原発を訴えるジャーナリストが、EPZ拡大を国に要望する九八年の全国市長会決議を挙げ「半径八~十キロが説得性を持たないことは明らかだ」と主張した。しかし、同部会は「範囲を変更する必要はない」との事務方の回答案を追認していた。
 指摘が生かされず、事故に至ったことについて斎藤氏は「心配が残念ながら現実のものになってしまった。今からでもきちんとした事前対策を取ってほしい」と話している。
 能沢氏は「EPZの範囲はヨーロッパの例にならっており、適切だ。福島のように三基も四基も事故を起こすとは思ってもいなかった」と振り返った。

「チェルノブイリ原発級の事故は、考えがたい」。こんな考えで国民の要求を退けた

 「チェルノブイリ原発級の事故は、考えがたい」。福島第一原発の事故で想定以上に被害が広がり、不備が露呈した国の防災指針。十一~十二年前、その改定を審議する原子力安全委員会の部会は、日本では深刻な事故は起きないとして、見直しを求める声を退けていた。安全強化の訴えは、ガス抜き程度にしか扱われなかった。(宮尾幹成)
 「範囲を狭く設定しているのは、『事故が起きても安全だ』とことさら宣伝するためのものにすぎない印象を強く受ける」「風速毎秒二メートルでは約一時間で(放射性物質が)八~十キロに達する」
 JCO臨界事故直前の一九九九年九月の改定。その際の意見募集で大阪府立大教授(当時)が、短時間で被害が広がり、広範囲に及ぶ可能性を指摘し、現行の防災対策の重点区域(EPZ)が狭すぎると疑問を呈した。
 安全委が想定していたのは、国際評価尺度(INES)でレベル5とされた米スリーマイル島原発事故(七九年)。「スリーマイルで一週間にわたり放出された放射性物質が一日で放出されるという厳しい条件でも、八~十キロの外側では防災措置は必要ない」「この範囲内の対策を充実しておくことで、原子力災害に十分な対応が取れる」。安全委の部会は、EPZ拡大に消極的な事務局の説明をそのまま承認した。
 八六年には、段違いに深刻な旧ソ連チェルノブイリ原発事故(レベル7)が起きた。この事故を想定すれば被害範囲は広がるが、考慮されなかった。
 意見募集では、チェルノブイリ級を想定すべきだとの指摘も複数寄せられていた。
 だが、安全委の事故調査報告書(八七年)が「(日本の原発は)安全設計の思想が異なり、同様の事態になることは極めて考えがたい」としていることを根拠に、部会は「想定を見直す必要はない」と結論づけた。
 能沢正雄部会長(当時)は「日本の炉ではチェルノブイリのような事故は起きない。技術的にあり得ないものを想定するわけにいかなかった」と話す。
 JCO事故を踏まえた二〇〇〇年五月の指針改定の際の意見募集では、兵庫県の防災担当責任者だった斎藤富雄防災監(当時)がEPZの範囲の再考を促したが、能沢氏は「阪神大震災の結果、兵庫県は非常に神経質になっておられる」と重視せず、安全委は「技術的に起こり得ない事態まで仮定し、十分な余裕をもって距離を定めた」と、これまでの主張を繰り返した。
 そして今年三月、福島第一原発で、スリーマイル事故をはるかに上回るレベル7の事故が発生。意見募集の懸念が現実となった。
 警鐘が激しく鳴らされているのに聞く耳を持たなかった安全委。九九年の意見募集で事故想定の見直しを訴えた元新潟県柏崎市議の男性は「全体の議論は(原発推進の)国策に従って官僚が方向付けている。権威付けに専門家を利用しているだけだ」と断じ、そのあり方を批判した。

(メモ)原子力防災指針

 1979年の米・スリーマイル島原発事故を受け、原子力安全委員会が80年6月に決定。国や自治体、電力会社が防災計画を定める際の指針として、平常時の防災対策や緊急時の放射線モニタリング、被ばく医療などの事項をまとめた。99年のJCO臨界事故を受けてできた原子力災害対策特別措置法に基づき、2000年に大幅改正されたが、原発事故に備えた防災対策の重点区域(EPZ)は、8~10キロのまま拡大されなかった。

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