「福島第一の1週間」で見る6年の推移

 2011年6月から現在まで、本紙は福島第一原発の状況を、グラフィックでお伝えしてきました。
 この6年間の推移を振り返ってみます。
 赤い丸印が、注目点です。

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2011年

 事故発生からまだ3カ月後。使用済み核燃料プールの水温も、圧力容器底の温度も高いです。
 ようやく2号機のプールに空冷の冷却装置(熱交換器)が設置されましたが、4号機では仮設ホースでプールに放水し、なんとか冷やしている状況です。

2011年6月26日付

2012年

 プールの冷却装置が1~4号機全てに設置され、水温が90度もあった4号機は26度にまで下がりました。圧力容器下の温度もかなり下がりました。
 外観も大きく変わった年で、1号機には粉じんが拡散しないよう建屋カバーが設置され、3、4号機では原子炉建屋上部のがれき撤去が急速に進みました。

2012年3月12日付

2013年

 3号機では建屋上部のがれきが大幅に減ったほか、崩落した北側を除き「コ」の字形に建屋を囲むように鋼鉄製の覆いが設置されました。覆いは、後に使用済み核燃料を取り出すクレーンなどを設置する土台になります。
 4号機では、使用済み核燃料を取り出す逆「L」字形の骨組み組み上げが始まりました。建屋に重さをかけないよう、骨組み単独で立っています。

2013年3月9日付

2014年

 4号機では、2013年11月から使用済み核燃料の取り出しが始まりました。
 3号機では、建屋上部のがれきはほぼ撤去されました。

2014年3月8日付

2015年

 4号機では使用済み核燃料の取り出しが2014年12月に終わりました。定期点検中だったため炉内にはもともと核燃料がなく、これで4号機のリスクはほぼなくなりました。
 3号機では、がれき撤去が終わり、プールがある5階コンクリート床の除染が始まりました。ただ、床に放射性物質が深く染み込み、除染は難航しました。このため、使用済み核燃料取り出しの工程は2年以上遅れました。もともとの工程表に無理がありました。

2015年3月14日

2016年

 3号機のプールには、大型の橋型クレーンが落下するなどしていましたが、その撤去に成功しました。5階床の除染はその後も難航しましたが、鉄板を敷き詰めて遮へいすることで先に進むことになりました。
 長らく動きのなかった1号機ですが、核燃料取り出しに向け、昨年から建屋カバーの解体が続いています。既に屋根パネルは撤去されました。

2016年3月12日付

2017年(直近)

 1号機では建屋カバーの壁パネルの撤去も完了。粉じんが舞わないよう、散水しながら建屋上部のがれき撤去が進められています。3号機では、建屋上部に遮へい用鉄板の設置が終わり、プールから使用済み核燃料を取り出すクレーンの設置が進んでいます。取り出し開始は2018年の中ごろの予定です。
 2号機では格納容器内の調査が実施され、溶け落ちた核燃料(デブリ)が溶けて流れたような痕跡が見つかりました。内部の線量は最大で毎時650シーベルト(推定)あり、デブリが近くにあると見られますが、確認はされていません。

2017年2月18日付

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