東日本大震災4年 復興途切れ途切れ 高度9000メートルから国道6号を望む

明かり消えた街の様子が、厳しい現実を語る

 闇に包まれた町の中、照明で浮かび上がる東京電力福島第一原発(手前)。その横を国道6号を走る車のライトが南へ続く。はるか向こうで首都圏の光が夜空を照らしていた。
 東日本大震災、東京電力福島第一原発事故から十一日、四年がたった。その日を前に本社機「おおたか二世」から福島第一を見た。高度は九千メートル。日が沈んだ午後六時半すぎ、投光器に照らされた福島第一が青白く島のように浮かび上がった。
 汚染水処理やタンク増設など事故収束に向けた作業は二十四時間態勢で続いている。光は作業員たちを助けるためのものだ。
 一方、福島第一周辺は真っ暗。東京・日本橋から仙台市までつながる国道6号は途中、福島第一の西約一キロを通る。作業車などのライトが南へ続いていた。
 原発がある大熊町や双葉町など避難指示区域は、事故から四年たっても、苦しい避難生活を強いられている。明かりの消えた地域の様子に、原発事故は普通の暮らしを奪ったという事実をあらためて実感した。
 その先に見えるいわき市や水戸市辺りはまばゆい。地平線の近くでは、東京の明かりが雲に反射し、空を照らした。あまりに対照的な光景だった。
 原発事故の直後、東京では街灯の多くが消され、薄暗かった。首都圏各地で計画停電も実施された。しかし今、何もなかったかのように、夜空は明るい。年間三千億キロワット時だった東電管内の電力需要は、事故後に一割ほど減った。それでもなお、全国の三分の一を占めている。(大野孝志)

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