壊滅のオフサイトセンタールポ 女川の教訓は 海抜8メートル 津波に弱い地形

 関西電力大飯原発3、4号機(福井県)の再稼働に向けた政府の最終決定が秒読み段階に入ってきた。だが、たった一年前のことを忘れていないか。大津波に襲われた東北電力女川原発(宮城県)は危ういところで事故を逃れたが、事故時に対策拠点となる重要な施設オフサイトセンター(OFC)は壊滅。女川の地から、もっと津波に弱いOFCしかない大飯原発のことを考えた。(福田真悟)

 机やパソコン、ファクス機が泥だらけになってひっくり返り、積み重なる。向こうには、大きなモニターが二つ。三つの時計はどれも三時半前-。
 今月五日に訪れた女川原発のOFC二階は、見るも無残な状況だった。原発事故が起きれば、国や自治体の関係者が集まり、テレビ会議を開き、住民の避難や被ばく防止などさまざまな対策が発せられることになっていた。
 屋上に行くと、青いがらくたがぶら下がっていたが、津波で流された加工場のトタン屋根だという。あらためて津波の威力を思い知らされた。OFC所長は津波に流され、現在も行方不明だ。
 大きな疑問がわいてきた。東北は大きな津波を何度も経験したのに、なぜ「もしもの時」の施設であるOFCをここに建設してしまったのだろうか?
 海まで五百メートル、海抜八メートル。しかも、津波が急速に高さを増しやすいV字形をした入り江の先にあり、OFCの両側は山がブロックするから、津波の行き場もない。女川原発は大津波を想定していたから幸い助かったが、もし原発事故も同時に起きていたら…。そう思うと寒気がした。
 OFCを所有する宮城県に取材すると、なぜここに建設されたのか、理由を記した一枚の紙があった。
 原発からは二十キロ未満。ヘリポートに使える土地が近くにある。立ち退き交渉をする家は一棟のみ…。行政の都合や利便性の話ばかりで、津波が考慮された形跡はなかった。
 県原子力安全対策課の佐藤重人技術副参事によると、建設当時は、一九九九年のJCO(茨城県東海村)の臨界事故を受け、事故対策拠点がない状態を早く解消することが優先されたという。
 女川町の心配はまだある。原発のある半島は山ばかりで主要な道は海沿いにあり、津波に襲われれば陸の孤島となることだ。住民の避難はもちろん、原発への要員派遣も難しそうだ。町の幹部は「防災道路の補強が急務。ちゃんと逃げられる手段を確保しない限り、女川原発の再稼働はあり得ない」と厳しい表情で語った。
 政府が再稼働しようとする大飯原発のOFCは海まで百メートル、海抜はわずか二メートル。代替施設の高浜原発のOFCも海まで五百メートル、海抜四メートルしかない。
 津波で壊滅した女川のOFCよりずっと津波に弱い。これで、どうやって住民を守る対策拠点となるのか。また、津波と原発事故の複合災害は「想定していなかった」とでも言うのだろうか。

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