政府が加盟目指す「原子力賠償条約」 原発輸出の推進に主眼

 政府は、原発を持つ国同士が重大事故時の賠償金を支援する条約を、米国などと結ぶ方針を決めた。表向きは被害に備えるためだが、条約では事故の賠償責任は発生国の電力会社が全て負うルールで、本当の狙いは、日本から原発輸出をしやすい環境づくりにある。条約加盟で、日本は脱原発からさらに遠ざかる。(岸本拓也、山川剛史)

輸出先で事故起きても、メーカーを免責

 この条約は、米国が中心の「原子力損害の補完的補償に関する条約(CSC)」。日本が加われば発効条件を満たすため、米国はかねて参加を強く求めていた。安倍晋三政権は既に米国に加盟の意思を伝え、今秋の臨時国会に承認案を提出する準備を進めている。
 条約加盟の意義をめぐり、二〇一一年十一月、文部科学省が原子力委員会に出した文書には、「わが国メーカーが海外にプラント輸出する場合、(中略)原子力事故の責任を免除される」ことが、トップで書かれていた。同省は本紙の取材に、現在も重要な理由であることを認めている。
 条約では異常に巨大な天災の場合を除き、賠償責任は全て、事故発生国の電力会社が負うルール。輸出先が加盟国なら、日本製の原発でもメーカーは免責される。日本の原発メーカーにはリスクが減る分、輸出が容易になるとみられる。
 外務省の担当者は条約加盟の意義を「外国企業が東京電力福島第一原発の事故収束作業に参加しやすくなる」とする。損害賠償訴訟も全て発生国で行われることになり、廃炉作業で事故が起きても米国に多い超高額の訴訟リスクが低くなるから-との理屈だ。だが、これが条約でいう原発事故に当たるかすらも不明だ。
 安倍政権は原発輸出を成長戦略に掲げ、輸出先と見込むアジア各国に条約加盟を働き掛ける考えだ。

(メモ)原子力損害の補完的補償に関する条約(CSC)

 米国、アルゼンチン、モロッコ、ルーマニアの4カ国が加盟するが、「5カ国の加盟と原発の熱出力が計4億キロワット」の要件を満たさず未発効。カナダが近く加わるが出力が足りない。米国は日本に、民主党政権当時から加盟を強く求めてきた。同種の国際条約には欧州が中心のパリ条約、東欧や中南米を中心としたウィーン条約がある。日本政府は対米関係や国内制度との近さを理由に、CSC加盟を進めたい考え。

輸出に注力 賠償強化には及び腰 政府

 政府は、原発輸出の環境整備に熱を上げる一方で、原発事故の損害賠償への備えを抜本的に改善するという肝心の部分では、腰が引けている。今秋にも九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県)の再稼働が現実味を帯びているにもかかわらずだ。(山川剛史、岸本拓也)

 十二日夕、「原子力損害賠償制度の見直しに関する副大臣等会議」の初会合が開かれた。メンバーは世耕弘成(ひろしげ)内閣官房副長官ら五人。内容は東京電力福島第一原発事故の賠償の経過と、原発輸出促進が狙いの「原子力損害の補完的補償に関する条約(CSC)」の事務的な説明だけ。わずか二十分、実質的な議論はなかった。
 日本で今、原発事故が起きた場合、損害賠償の備えは電力会社が加入する千二百億円の保険金だけ。政府が資金を供給し東電に賠償の原資を貸し付ける原子力損害賠償支援機構の仕組みはあるが、資金量は東電対応で手いっぱい。とても新たな事故には対応できそうもない。
 CSCに加盟すれば各国から支援金が受け取れるが、七十億円にすぎない。
 これに対し、原発事故の被害は途方もなく大きい。福島事故の場合、賠償や除染、除染で出た放射性廃棄物の中間貯蔵施設の建設、原発での事故収束作業の費用が膨らみ、東電や政府の資料からみた総額は十一兆円に達する。
 千二百億円の保険金に条約の支援金を足しても、資金的な備えはわずか1%少々だ。圧倒的に足りない分は電力会社が負担するか、政府が肩代わりするかしかないが、何も決まっていない。被害者への賠償ばかりか、事故対応そのものが滞る恐れがある。
 再稼働がなくても、全国各地の原発には大量の使用済み核燃料があり、重大事故の可能性は常に存在する。
 事故の責任は電力会社と国がどう分担すべきなのか、賠償資金はプールしておくのか、保険金を大幅拡充できる道はあるのか-。検討すべきことは多く、時間もかかる。
 いち早く現在の危険な状態を解決するのが、政府と国会の責務だが、抜本的に見直すと約束した期限から既に二年近くが過ぎてしまっている。

「条約メリットない」 原子力資料情報室の伴英幸共同代表の話

 重大事故の被害者への補償という点で、CSCにメリットはほとんどない。福島第一原発事故の被害の大きさを思い起こし、電力会社は福島事故並みの十兆円くらいは準備しておく仕組みを早急に整えるべきだ。それが原発を動かそうとする者の最低限の責務だ。

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