原発の事故への備え たった1200億円

 原発で重大事故が起きれば兆単位の賠償費用が必要になってしまう。これに対し、日本の電力会社がかけている保険金は千二百億円にとどまり、「安すぎる」との指摘が専門家から上がっている。米国では保険と共済の二本立てで一兆円を準備している。東京電力福島第一原発事故を受け、日本では賠償制度の見直しをすることになっているが、動きは鈍い。(榊原智康)

■焼け石に水

 電力会社は、原子力損害賠償法(原賠法)の決まりにより、民間損害保険会社の共同組織による責任保険に加入するか、保険金と同額を法務局に供託することになっている。
 原発はたとえ稼働していなくても、敷地内には大量の使用済み核燃料を貯蔵しており、事故への備えは万全である必要がある。
 保険金額は原賠法ができた一九六一年当時は五十億円だったが、徐々に引き上げられ、現在は原発一カ所あたり千二百億円。ただ、この保険の対象は運転ミスなどによる事故に限られている。
 地震や津波など自然災害による事故は、電力会社と国が契約を結ぶ政府補償が用意されている。電力会社は保険と補償の両方に加入しなければならないが、事故が起きた場合に適用されるのは一方のみ。福島の事故では、政府補償が適用されたが、支払上限額はこちらも千二百億円にとどまる。
 だが、東電が被害者に支払う賠償金は分かっているだけで約二兆五千億円。国の原子力委員会は事故の損害額は五兆五千億円と試算している。これらの金額を見れば、千二百億円は焼け石に水程度の備えにしかならないことは明らかだ。

■急ごしらえ

 福島事故では、賠償資金をまかなうため、政府は昨年八月、急ごしらえで原子力損害賠償支援機構法を成立させた。国が必要に応じて発行する交付国債や電力業界の負担金を賠償資金に回す仕組みだが、恒久的に使える枠組みではない。
 機構法を成立させる際、国会は付帯決議をし、原発の保険などを含む原賠法をできるだけ早く見直すこととされている。
 最大の論点はやはり保険金額だ。責任保険の年間保険料は二〇一一年のデータで、原発一基あたり平均五千七百万円。米国並みに一兆円を用意しようとすれば保険料は大幅に高くなる。
 国内の損保だけではリスク(危険性)を負いきれないため、保険金の一部を海外の損保に引き受けてもらう「再保険」の手法も考えられる。ただ、一兆円もの保険ともなれば再保険が成立せず、保険契約が難しくなる恐れがある。

■問題放置

 こうしたことを考えれば、電力会社同士の共済制度なども早急に検討しなければならないが、今のところ具体的な動きは見えない。
 原賠法を所管している文部科学省の担当者は「機構法による賠償の枠組みで、どのような問題があるかを把握している段階」と説明するだけだ。
 一方、政府は今月十四日、原発を売り込もうとしているベトナムとの間で、賠償制度の整備に協力することで合意した。福島事故を経験し「賠償問題ではさまざまな教訓を得ている」と政府はアピールするが、国内制度の問題を放置したままでは無責任との批判は免れない。
 原発のコストは建設と廃炉にかかる費用を除けば、他の発電方法に比べて安いとされてきたが、青山学院大の本間照光教授(保険論)は「保険金を低く設定していることも一因」と指摘。その上で「事故のリスクを正しく評価すればコストが上がり、原発は経済的に割に合わないことが浮かび上がるはず。現実のリスクに向き合った賠償制度に変えねばならない」と話している。

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