調書は語る 吉田所長の証言 (10) 逃がした対策の機会 自然を侮り 利益優先

 非常用電源や非常用冷却装置などの備えはしていたはずの東京電力福島第一原発が、なぜもろくも重大事故を引き起こしたのか。吉田昌郎(まさお)所長は所長になる前、原発の耐震対策などを担当する本店原子力設備管理部長だった。その立場での吉田氏の証言を読むと、自然の力を侮り、費用対効果を優先し、対策の機会を逃してきた東電の姿が浮かび上がった。(肩書はいずれも当時)

対策費用の説明ばかり

 <東電は、津波高の想定が最大一五・七メートル(震災時に実際に襲われた津波とほぼ同じ)になるとの社内の試算も得ていたが、具体策は取らなかった>
 -福島第一に十メートルほどの津波が来る可能性があるという話は聞いていたか。
 「聞いていた。もっと高い津波が来るなら対策が必要だと常に社長、会長、原子力の本部長以下にも報告していた」
 -初めてこの数字を聞いた時の印象は。
 「それはうわあと。入社時は最大津波はチリ津波と言われていて高くて三メートル。非常に奇異に感じた。そんなのって来るのと」
 -東北電力女川原発(宮城県)では、八六九年の貞観津波を考慮している。福島では。
 「福島県沖の波源(津波の発生源)は今までなかった。いきなり考慮するのは、費用対効果もある。お金を投資する根拠がない」
 -根拠とは。
 「専門家の意見。誰がマグニチュード(M)9が来ると事前に言っていたか。結局、結果論の話。何で考慮しなかったんだというのは無礼千万」
 -土木学会の指針には権威、客観性があるか。
 「ある。これはオールジャパン。声を大にして言いたいが、原発の安全性だけでなく、今回二万三千人死んだ(実際は死者約一万六千人、行方不明者が約二千六百人)。誰が殺したのか。M9が来て死んでいる。こちらに言うなら、あの人たちが死なないような対策をなぜその時に打たなかったのか」
 <新たに津波対策を講じなかった理由として、吉田氏が何度も強調したのがお金の問題だった>
 -津波対策の方針をどう幹部に相談していたか。
 「一番重要なのはお金。対策費用の概略をずっと説明していた。経営層に急にお金がいりますと言っても駄目だから。ただ、株主代表訴訟だとか、説明責任を果たし得るベースにはなっていなかった」
 -社長や会長の反応は。
 「会長の勝俣(恒久)さんは『確率はどうなんだ』と。学者によって説が違うから詰めてもらっているという話で終わって、それ以上の議論になっていない」
 「最後は経営はお金だから、本当にお金では苦労していて、私などは一番銭を使った男と言われている」

全電源喪失想定せず

 <福島第一では一九九一年に海水配管の腐食により非常用ディーゼル発電機(DG)が水没した。その前にも建屋地下に大量の雨水が流れ込むトラブルを経験している。にもかかわらず東電は教訓を生かさなかった。もし、発電機や配電盤を高台に移したり、防水性を高めるなどの対応をしていれば、重大事故は防げた可能性は十分ある>
 「九一年に1号機で海水漏れがあったが、誰が想定していたか。冷却系統はほとんど死んで、DGも水に漬かって動かなかった。今回のものを別にすれば日本で一、二を争う危険なトラブル。あれでものすごく水の怖さが分かったが、古いプラント、一回できたものを直すというのはなかなか」
 -対応を事前に考えて訓練して備えることはできたのでは。
 「おっしゃる通り。ただ、今回のものは十五メートルという思考停止レベルの話」
 <東電は複数炉の同時事故を想定していなかった。電源が失われても、別の電源から必ず供給されるという思い込みが強かった>
 「柏崎(刈羽原発)の新潟県中越沖地震は同時にいった。でも、無事に安全に止まってくれた。設計の地震を大きく超えていたが、安全機器はほとんど無傷だった」
 「今回のように冷却源が全部なくなるだとか、そういうことには(中越沖)地震でもならなかった。やはり日本の設計は正しかったと、逆にそういう発想になってしまった」
 -事前の備えがあれば良かったと思うものは。
 「何セットかバッテリーの準備、コンプレッサーとかきめ細かい備えをしておかないと、ほかの電力、危ないなという感じはする。それを使える人の訓練と」
 -3・11前は備えも訓練もなかった。なぜか。
 「やはり(全電源喪失の事態が)来ないと思っていたからだ」

思考停止の状態だった

 <福島の事故では、膨大な熱を発する原子炉に、外部からどう注水するかが難しく、水源もまるで足りなかった。炉の制御は電気頼みで、電気がなければお手上げ。原発はもろく、暴走し始めると制御は非常に困難との事実を突きつけた>
 -消防車による注水を事前に整備できたのでは。
 「思考停止しているわけだ。ディーゼル駆動があれば(十分)というところでもう終わっている」
 -海水を前提に水を取ることは考えなかったのか。
 「電源さえあれば、残留熱が除去できるというのがベースにある」
 -本当に最後は海水、とは考えていないのか。
 「ない。もし考えていれば、海の水を吸い上げるようなラインを別に設計しておくべきだ。思い至らなかった自分は非常に恥ずかしいと思うが、いろんな仕組みを考えた連中の中に本当にそこまで覚悟を決めて検討した人がいるかどうかというと、いないと思う」
 -原発の制御は、基本的に電動のスイッチで行うイメージ。それで対応できなくなった時のことまでは考えなかったのか。
 「三月十一日の前はそういう発想にはいっていないのだろう。スイッチ押せば、その通りに動いてくれるという前提でのマネジメント。これは福島第一だけでなく、オールジャパン、どこでもそうだと思う」
 -地下にある電源盤(配電盤)も水没した。そこまでは思いが至らないのか。
 「至っていない。水がそこまで来るという発想がない。来たとしても水が出たところを特定すれば止まるという発想」
 =おわり

◆その時、政府や東電は… 枝野氏ら「安全神話元凶」

 事故対応に追われた枝野幸男官房長官ら主要な官邸メンバーたちは、事故の背景に何があったかを問われ、それまで日本を覆っていた原発の「安全神話」にあると口々に指摘した。
 枝野氏は調書で「間違いなく言えるのは、やはり安全神話が決定的に大きい」と断言した。
 「原発は安全だという前提に立ってあらゆることが組み立てられていた。実はここが危ないんだという情報があっても採用できなかった」と指摘し、「絶対的な安全はあり得ないと言わなければならない」と自戒も込めて語った。
 政府側の事故対応を切り盛りした細野豪志首相補佐官は「(事故対策に)大規模な投資をすれば、危険だからだろうと言われ、いやいや安全なんですという自己矛盾に陥っていた」と、東電自体も安全神話に縛られていたことを指摘した。さらに「自己矛盾に陥っていたことは何度もあり、気がついていたと思う」とも述べ、現場の技術者たちがそれを言い出せなかったことが「まさに安全神話そのもの」だと語った。
 菅直人首相は、原発の利権構造で結び付いた産・官・学の原子力ムラと呼ばれる体質が、全電源喪失の想定の否定につながったと言及。「事故の起きた3月11日以前に大半の原因があった」と主張している。

技術関係者らにも反省点

 安全神話の崩壊は、原子力に関わってきた技術関係者らにも多くの反省点を突きつけた。
 原発の津波防災を研究していた首藤伸夫東北大名誉教授は「非常時に使う電源系は少しでもぬれたらやられる」と水の危険性を説いてきた。それでも、各原発で電源の防水化は進まなかった。首藤氏は「いったんできあがったものの改良を嫌う」のが電力会社の体質だと指摘した。
 原子力安全研究協会の松浦祥次郎評議員会長は、大津波を予測するのは難しかったとしながらも、「電源を水密(防水)にすることができた可能性はなかったとは言えない」と述べた。
 原子力安全委員長として原発の耐震指針に携わった日本原子力研究開発機構の鈴木篤之理事長は「安全確保は当事者がやらないといけない。安全委員会(国など)が決めないから何もできないというのはちょっと違うのではないか」と、電力会社の意識の低さを批判した。水没した福島第一の非常用発電機は水冷式のため、海の近くに置いたままだったことに触れ、「そういう形になっているとは夢にも思わなかった。そこは本当に情けなく、申し訳ない」と謝罪した。

 ※この連載は、山川剛史、荒井六貴、大野孝志、小倉貞俊、片山夏子、岸本拓也、清水祐樹、福田真悟、宮尾幹成が担当しました。

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