調書は語る 吉田所長の証言 (9) 東電「撤退」 首相本店へ 何を騒いでいるんだ

 十四日夜、東京電力福島第一原発2号機の周辺では放射線量が急上昇した。そのころ、官邸には東電が「撤退」を検討しているとの情報が駆けめぐっていた。翌朝、菅直人首相が東電本店に乗り込む事態に発展した。現場に踏みとどまった吉田昌郎(まさお)所長は聴取で、騒動への怒りを募らせた。 (肩書はいずれも当時)

■ 最低限の人員は置く

 <東電撤退騒動は、後に国会でも大きな論点になった。確かに十四日夜のテレビ会議で、東電は下請け企業の作業員らの退避や、2号機の状況がさらに悪化した場合に備え、退避基準をどうするか議論している。しかし、はっきりしているのは、吉田氏をはじめ必要最小限の要員は現場に残ったことだ。吉田氏がいない所で、東電の清水正孝社長と官邸側とのコミュニケーション不全が、無用の混乱を招いたとみられる>
 「あの退避騒ぎに対して言うと、『何を馬鹿(ばか)なことを騒いでいるんだ』と。逃げていないではないか、逃げたんだったら言えと。本店だとか官邸でくだらない議論をしているか知らないですけれども、何だ馬鹿野郎というのが基本的な私のポジションで、逃げろなんてちっとも言っていないではないか。非常に状況は危ないから、最後の最後、ひどい状況になったら退避しないといけないけれども、注水だとか、最低限の人間は置いておく。私も残るつもりでした。事務屋とかいろんな方がいらっしゃるわけですから、そういう人は極力、安全なところに行っていてもらわないといけないとは思っていました」
 -清水社長以下、幹部の方々の対応も同じような考えと受け止めていいか。
 「あの人が官邸に行ったとか、全然知りませんからね。こちらサイドでは」
 「細野(豪志首相補佐官)さんに電話をして、『プラントはものすごい危ない状態です。ぎりぎりです。水が入るか入らないか、賭けるしかないですけれども、やります、ただ、関係ない人は退避させる必要があると考えています。今、そういう準備もしています』という話はしました」

■ 2F退避正しい判断

 <十五日未明、枝野幸男官房長官や海江田万里経済産業相から「全員撤退」の話を聞き、深刻に受け止めた菅首相は早朝、東電本店に乗り込んだ>
 -菅首相が来る前、細野首相補佐官なりに、撤退もあり得ると言ったのか。
 「全員撤退して身を引くということは言っていませんよ。私は残りますし、当然、操作する人間は残すけれども、最悪のことを考えて、これからいろんな政策を練ってくださいということを申し上げたのと、関係ない人間は退避させますからということを言っただけです」
 -そこから伝言ゲームになる。伝言を最後に受ける菅さんからすると、ニュアンスの伝え方(の問題)があると思う。
 「その時に、私の伝言障害も何のあれもないですが、清水社長が撤退させてくれと菅さんに言ったという話も聞いているんです。それは私が本店の誰かに伝えた話を清水に言った話と、私が細野さんに言った話がどうリンクしているのか分かりませんけれども、そういうダブルのラインで話があって」
 <十五日六時ごろ、2号機の炉圧が一気に低下し、衝撃音もした。4号機の原子炉建屋がぼろぼろになっているとの情報も現地対策本部に入った。福島第一からは要員が減った>
 「(必要最小限の要員以外は)バスで退避させました。2F(福島第二原発)の方に」
 -現場での対応は。
 「格納容器が破れると急激に放射線量が上がるわけですから、まず確実に測定して連絡しろと。中央操作室も一応引き揚げさせましたので、しばらくはパラメーター(炉の各種データ)は見られていない状況です。まずは線量がどうか、大きく変化するようであれば、またそれは考えないといけませんし、まずはそこをしっかり見ましょうと」
 -十五日の午前中には、GM(グループマネジャー、幹部)クラスはほとんど2Fから帰ってくる。
 「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内にかかわらず、線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しようがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰ってくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」
 -所長の頭の中では、福島第一周辺の線量の低いところ、例えばバスの中で。
 「2号機が一番危ないわけですね。免震重要棟はその近くですから、ここから外れて、南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです」

■ 菅氏発言権利あるのか

 <結局、2号機の格納容器が破裂して原発を放棄せざるを得ない事態にまでは発展しなかった。政府事故調の調査員は、清水社長から菅首相までの伝言ゲームに問題があったとの見方を示し、吉田氏に尋ねた>
 -ある時期は、菅さんが自分が東電が逃げるのを止めたんだみたいな。
 「辞めた途端に。あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか。あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。そんなおっさんが、辞めて、自分だけの考えを言うというのはアンフェアも限りないんで、事故調の委員会としてクレームをつけないといけないんではないかと私などは思っているんです」

◆その時、政府や東電は… 情報不足誤解の連鎖

 東電側は「全員撤退」の検討も指示もしていないと否定し、清水社長から電話を受けた官邸側はことごとく「全員撤退」と受け取っている。
 菅首相は「15日午前3時ごろ、執務室の奥の部屋でソファに寝ていたのですが、(海江田)経産相から『東電が撤退したいと言ってきている』と。(枝野)官房長官からも『自分の方にも来ている』と。私自身は撤退はあり得ないと思っていました。(東電本店に乗り込む前、官邸に呼ばれた)清水社長は『そんなことは言っていませんよ』という反論は一切ありませんでした。やはり(撤退と)思っていたんだなと」と証言している。
 清水社長からの電話を受けた枝野氏の証言では、「間違いなく全面撤退の趣旨だったと自信があります。そうでなかったら(社長が)私に電話してきません。社長が私に電話をかけてくるのは特別のことなんです。他の必要のない人は逃げますという話は、別に官房長官に上げるような話ではないから、わざわざそんなことで私にかけてくることは考えられない。勘違いとかはあり得ない」。
 同じく電話を受けた海江田氏も「全員」と受け止めた。「ぼくが覚えているのは『撤退』ではなく『退避』という言葉。第一原発から第二原発へ退避。ぼくは全員だと思った」
 細野氏にも電話があったが、同じ内容だと思い電話に出なかったという。「海江田さんは完全に撤退すると解釈していた。電話後、海江田さんがそういう話をしていた。(官邸に詰めていた)武黒一郎・東電フェローもしょんぼりして『もう何もできません』みたいな話をした」と説明。
 政府事故調の質問者が、吉田氏は全員撤退指示を否定していると指摘すると、「吉田さんが言っているのならば信じるが、(当時の官邸は)そうはとっていなかった」と答えている。
 官邸側の各氏の証言に共通しているのは、事故発生当初から東電からは十分情報が来ず、いらいらが募り不信感を強めていた点。また、2号機の危機は、それまでよりずっと深刻だと受け止め、緊張が頂点に達していたこともうかがえる。
 「撤退」騒動は、官邸と東電の意思疎通がうまくいかない中、清水氏のあいまいな電話を発端とする誤解の連鎖が引き起こしたとみられる。騒動をきっかけとして、東電本店内に政府と東電の統合対策本部が設置された。東電に任せきりにしない仕組みができたが、高濃度汚染水問題をはじめ福島第一の事故収束にはほど遠い。
 騒動は今年5月、当時は非公開だった吉田氏の調書を独自に入手した朝日新聞が、所長命令に違反し作業員の9割が逃げたと報じ、再燃した。朝日は、後に記事を取り消した。

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