避難解除の葛尾村 本紙調査 帰っても生活できるだろうか  医療、介護、収入…厳しい現実

 東京電力福島第一原発事故での避難指示が今月以降、続々と解除される。12日の福島県葛尾村の解除を前に、避難先の仮設住宅や村内を回り、住民約20人に帰還の意思や生活再建のめどはついたかどうかなどを聞いた。村に帰りたいという思いとは裏腹に、容易には放射能汚染で奪われた生活基盤を取り戻せない現実が浮かびあがった。(大野孝志)

不透明

 葛尾村の村民の仮設住宅は、村から車で四十分ほど西に走った福島県三春町に集まっている。既に二割ほどは他の地域に移住するなどして、空きが目立つ。
 その一角に、食品や衣料品を扱う佐藤英人さん(75)の仮設店舗がある。解除後は、帰った村民が普段の買い物に困らないよう、村で店を再開するつもりだ。だが、表情は浮かない。
 「商売にならないのではないか…」。解除されて帰るのは、村民約千四百人のうち五百人にも満たないとみている。お客は村民のほか、山菜採りや渓流釣りの客だったが、放射能汚染が残る中で、どの客層も十分な回復は見込めない。
 事故前と同様、妻(67)と長男(45)との三人で店を切り盛りするつもりだが「やれる所までやるしかない」と話した。
 表の通り、村に帰るかと問われれば、「帰る」と答える人は多いが、それぞれ不安を抱えている。

葛尾村の住民が避難する仮設住宅。空きが目立つ=三春町で

高齢化

 避難指示の解除で早晩、仮設住宅の入居期限も切れ、東電からの賠償もなくなる。自力で新たな住まいを確保できないお年寄りは、三春町に整備が進む復興住宅に入るか、村の自宅に帰り、年金で暮らすことになる。
 一時帰宅して家の周りの草刈りをしていた農業の女性(65)は、事故前は家族九人で暮らしていた。牛を飼い、葉タバコを栽培し、米を作っていた。解除後に帰るのは夫婦と母(85)の三人だけだ。
 田畑は除染で出た放射能汚染土の仮置き場になってしまった。体力的にもきつくなり「農業はもうやらない」。帰村後は、夫の土木作業の収入と年金が頼りだ。「何とか暮らしていけるとは思うけど…。避難指示解除は、うれしいというより、心配の方が先に立つ」と明かした。
 八十年間続く理髪店を経営する男性(46)は「村への恩返し」として店を再開するが、村には住まない。既に郡山市に家を買って幼い子どもたちと暮らし、村の店には通勤する。
 「ほかの子どもたちがいない環境では、子育てしたくないと考えた」
 昨年九月に避難指示が解除された楢葉町は、帰還者の七割までが六十歳以上。今回の葛尾村での聞き取りでも「帰る」と答えた人のほとんどは高齢者だ。

戸惑い

 実際に暮らすとなると、医療機関や買い物をどうするかが重要になる。
 整形外科と眼科に通う女性(81)は「帰ったら、かかりつけ医を変えないといけないの?」と戸惑う。
 村は村外の診療所やスーパーを結ぶ無料タクシーを運行するが、行き先は限定される。五年前の避難で生活環境が大きく変わり、帰還すれば、また大きく変わる。村の診療所は担当医が高齢で引退し、まだ後任が見つかっていない。
 溶接業松本哲山(てつやま)さん(59)は、昼間だけ村の仕事場に通う。住まいも村に戻すつもりだが、迷いもある。高齢の父親が避難先の三春町で介護を受けており、村の現状を考えると、避難先の方が安心できる。「当分は様子見だな」と語った。

取材の手法

 6月4、5の両日を中心に、避難先の福島県三春町の仮設住宅と村内を回り、仮設店舗を訪れた人や、自宅の片付けなどで一時帰宅していた人らに声をかけた。避難指示が解除されれば葛尾村に帰るか、家の確保はどうか、生計を立てるめどは立ったかなどを聞き取った。

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