ふくしまの10年 イチエフあの時 事故発生当初編 ⑬当初の2カ月 劣悪な寝食環境

作業員の食事や休憩場所が、ある程度整ったのは、事故発生の約2カ月後(東電提供)

 被ばくのリスクと闘い、暴走する東京電力福島第一原発(イチエフ)に立ち向かった作業員たちの環境は、特に2011年3~4月の2カ月は劣悪な状況にあった。
 食事は1日2回。内容も朝食は非常用ビスケットや野菜ジュース、夕飯はパックご飯とサバなどの缶詰だけ。1日に使える水は、飲料用や体を拭く分も合わせて、ペットボトルの1.5リットルだけだった。寝る場所も免震重要棟の会議室や廊下で、毛布も足りなかった。作業員らは24時間体制で危機対応をする合間に仮眠を取った。
 「みんなひげが伸び、着の身着のままで汚れて汗臭く、疲れ切っていた。野戦病院のようだった」。東電社員の一人はこう振り返った。汚染がつかないように同僚とバリカンで髪を刈り合い、げっそり頰がこけた作業員らもいた。
 作業員らの窮状は、保安検査官事務所の横田一磨検査官が3月28日の会見で明かしたことで広く知られることとなった。
 ようやく寝食の環境が整えられ始め、10キロほど南の福島第二原発の体育館に畳が敷き詰められ、マットレスや寝袋で眠れるようになった。免震重要棟などにも給水設備やクーラーを備えた休憩室が設けられ始めた。5月に入って、加熱キット付きのレトルトカレーや中華丼などが提供されるようになった。


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