ふくしまの10年 イチエフあの時 事故発生当初編 ⑦震災初日に炉心溶融

水素爆発により散乱したがれき。左が1号機、右が2号機(東電提供)

 東京電力福島第一原発(イチエフ)1号機は大津波に襲われた3月11日に、炉心が溶け始める危機的な事態に陥った。
 電力を失い、中央制御室ではほとんど事態が把握できない。原子炉の冷却装置の一つは電源が水没し起動不能。消防車で外部から注水しようとするが、炉内の圧力が上昇して水が入らない。唯一残されたのが「イソコン」と呼ばれる冷却装置だったが、起動しては止まる不安定な状況。少なくとも11日午後9時半までの3時間、炉心への注水は完全に止まっていた。
 原子炉建屋の放射線量が高いとの一報を受け、午後11時、保安班が調べると内部は毎時300ミリシーベルトと推定された。人が近づける限界は毎時100ミリシーベルトが目安。建屋への立ち入りは極めて厳しい状況だった。
 翌朝、格納容器の圧力を下げるベント(排気)をするため弁を開けようと運転員が建屋地下に向かったが、1000ミリシーベルトまで測れる線量計が振り切れ、引き返した。別の弁を開けに向かった。
 「暗闇で放射線量も分からない中、運転員が向かった。無事でありますように、成功してほしいと祈るような気持ちでいた」(当時の福島第一の広報担当・角田桂一さん)
 ベントには成功したが、各所から漏れた水素ガスが建屋にたまっていた。午後3時36分、予想外の水素爆発で建屋上部が吹き飛んだ。

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