ふくしまの10年 イチエフあの時 事故発生当初編 ④体の汚染 確認せず避難

地震で天井パネルが落ちるなどした事務本館(東電提供)

 東日本大震災の大きな揺れが東京電力福島第一原発(イチエフ)を襲った時、所内では東電社員約750人、下請け企業の作業員約5600人の計約6350人が働いていた。
 高台にある事務本館では天井パネルが落下し、多くの棚が倒れた。机の下に隠れて机ごと動かされ、閉じ込められた人もいた。
 当時の吉田昌郎(まさお)所長(故人)は、事務本館の西側にある免震重要棟に避難し、グループごとに人数を確認するよう指示した。この棟は、免震構造で非常用発電機もあり、長く最前線基地として使われた。
 4~6号機は定期点検中で、原子炉周辺の放射線管理区域では約2400人が作業をしていた。
 同区域を出るには、汚染検査を受ける必要があるが、ゲートを開けて避難を最優先した。
 「警備員もいなかった。身体汚染の有無も確認せず退出するしかなかった。地震で物が散乱した中、防護服を脱ぎ、自分の服に着替えるのも一苦労だった」。ベテラン作業員のハッピーさん(通称)は思い出す。
 避難はうまく進んだが、ゲート近くの建屋に保管されていた約5000個の個人線量計は、津波で水没し使用不能に。当初の作業員の被ばく線量が十分把握できない事態につながった。

ご意見・ご感想は

メールで、fukushima10@tokyo-np.co.jp へお寄せください。

関連記事