ふくしまの10年 イチエフあの時 事故発生当初編 ①2011.3.11 巨大津波襲来

 長期連載「ふくしまの10年」の新シリーズ「イチエフあの時 事故発生当初編」(全15回)を始めます。作業員らが「イチエフ」の愛称で呼んできた東京電力福島第一原発は、東日本大震災で冷却機能を失い、次々と建屋で水素爆発が起き、もろくも最悪レベルの事故を起こしました。事故現場はどんな状況だったのか、当時の写真や取材記録、作業員らの証言を基に、震災当日から約1カ月間の様子を振り返ります。(片山夏子、山川剛史が担当します)

防潮堤を破壊し、福島第一原発を襲う巨大津波(東電提供)

 2011年3月11日、東日本大震災の巨大な揺れで、運転中だった東京電力福島第一原発1~3号機は自動的に緊急停止した。だが、約40分後の午後3時27分ごろから数度の津波に襲われた。
むき出しの海水ポンプは破壊。崖を崩した海抜10㍍の敷地にある1~4号機の建屋は最大5.5㍍まで浸水し、地下の電源盤や非常用発電機は水没して壊滅。最悪レベルの原発事故につながった。
 写真は5号機近くの高台からの撮影。津波は、「八」の字に伸びた防潮堤を破壊しながら乗り越え、護岸近くの重油タンクや5、6号機用の貯水タンクを飲み込んだ。
 地震発生時、港湾内ではタンカーから重油タンクへの給油中。タンカーは沖合へ避難し難を逃れたが、タンクは引き波でさらわれた。
 当初からツイッターで原発の様子を発信してきたベテラン作業員のハッピーさんは、地震発生時は原子炉建屋にいた。ゴゴーっという地響きがして大きな揺れが来た。「建屋内に50人以上がいた。もし大津波が近づいていると伝えられていたら、冷静に避難できただろうかと今は思う」
 事務所で点呼中に突然、西から突風が吹き、空から雪が降ってきた。「津波風だ!と誰かが叫んだ。この時、津波がイチエフを襲ったのかもしれない」

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