ふくしまの10年 新天地にそよぐ風 ③被災者と市民 語り合う場

NPOなどで浜通りを盛り上げる活動をする森亮太さん=楢葉町で

 立命館大の学生による「そよ風届け隊」の創設メンバーの1人、森亮太さん(29)は岐阜市出身だ。大学に進んでからはバックパッカーとして東南アジアやインドなどを放浪した。
 2011年3月に東日本大震災と原発事故が起きた当時もインドにいた。外国人の旅行者から「日本は大丈夫なのか」と何度も聞かれた。だが自分自身が何も知らない。
 帰国してから、「被災地を見ないわけにはいかない」と福島県に向かった動機が、それだったという。
 当時、いわき市で深刻化していたのが、被災者と市民との間のあつれきだった。
 「被災者が住民から出て行けと石を投げられたとか、車を傷つけられたといった話が、ごろごろあった。被災者はおびえながら、肩身を狭くして生きていたんです」
 原発事故で故郷を追われた被災者のため、政府が「仮の町」をつくるとの情報が飛び交っていた。帰還できるようになるまで、いわき市に集団避難させ、行政機能も含め「ミニ富岡町」や「ミニ楢葉町」をつくる構想だ。話は立ち消えになったが、被災者もいわき市民も混乱させられた。
 地元の若い起業家らが中心となって、いわき市に「双葉郡未来会議」という団体が生まれた。被災者といわき市民のあつれきの原因は、コミュニケーションの不足にある。語り合える場をつくろう。それが設立の目的だった。
 森さんや仲間の鈴木みなみさん(29)、西崎芽衣さん(28)も「双葉郡未来会議」に関わっていった。3人は大学を休学し、いわき市内に住んだ。後に3人とも復学して卒業を迎えたが、自然と似たような進路を進むことになった。就職先を福島県に求めたのだ。

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