ふくしまの10年 コットン畑は紡ぐ ⑪ネパールとつながる文化

コットン畑で草取りをする永山進さん=いわき市で

 2011年の東京電力福島第一原発事故が、福島の農業を窮地に追いやったのは確かだ。ただそれ以前から高齢化、過疎化で衰退していた。
 有機栽培米の農家安島美光さん(65)=いわき市山田町=は数年間、オーガニックコットン(有機栽培綿)作りに取り組んだ。同市のNPO法人代表の吉田恵美子さん(63)が、原発事故による耕作放棄地などでの栽培を広める活動をしていると聞いたのがきっかけだ。
 「稲作メインで畑は荒らさない程度にできるものを探していた」。しかし土地との相性が悪かったのかうまく育たなかった。
 事故から3年間はコメは売れる状態ではなかった。東電から損害賠償を受けていた時期もある。一度離れた消費者や取引先を取り戻すのは難しいが「今は何とかはけちゃっている」というぐらいには持ち直した。
 高齢化した農家から栽培を請け負い、所有している土地の数倍を息子とともに耕している。「ここら30軒、40軒で後継者はうちの息子1人。全国そういう状態じゃないですか。トラクターは小さいものでも300万円はする。農機具が壊れたらやめるという人も多いね」
 山間地の入遠野地区の実家に定年退職後の14年に帰った永山進さん(66)は、翌年からコットン栽培を始めた。
 かつて40軒ぐらい暮らした集落は過疎化が進み、今は33軒。「日中走っているのは介護サービスの車と軽トラック、あとは宅配便か。昔は移動販売も来てたけど…」
 耕作放棄地はあちらこちらにあって、空き家も多い。ボランティアで来た若者などが「いいところ」と言ってくれたりするとちょっぴり期待する。「いつか住んで農業やってくれる人が現れればいいけど」

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