ふくしまの10年 雪が落とした災い ③放射線量が一気に上昇

2011年3月14日、村に初めて設置された可搬式のモニタリングポスト(豊田直巳さん提供)

 原発事故発生から3日後の2011年3月14日、村役場の隣にある高齢者施設の一角に村に初めての放射線監視装置(モニタリングポスト)が設置された。
 今の装置なら、測定データは自動的に行政に送られ、パソコンやスマホでどこからでも状況を知ることができる。しかし、初の装置はモニタリングポストと呼ぶには程遠かった。装置の監視を担当した役場の職員は「朝も夜も24時間体制で、1時間ごとに交代で装置の数値を読み取りに行き、県災害対策本部に衛星電話で報告していた」と振り返った。
 設置された当初、放射線量は毎時0.09マイクロシーベルトと、事故前より少し高い程度だった。しかし15日正午ごろから値が急上昇。午後6時20分には44.7マイクロシーベルトと極めて高い値を記録した。1日で一般人の年間被ばく線量限度(1ミリシーベルト=1000マイクロシーベルト)を突破する値だ。
 東京電力福島第一原発では14日深夜、2号機が原子炉格納容器の破裂の可能性もある危機的な状態に陥った。15日早朝、格納容器下部で破裂音がした後、大量の高濃度汚染蒸気が建屋外に漏れ始めていた。
 その汚染蒸気は風に乗って北西に向かい、日中は雨、夜からは雪となった飯舘村の地に落ちた。
 当初は短期で放射能が減る放射性物質も多かったため、モニタリングポストの値は徐々に小さくなっていった。だが、村は長く放射能汚染に苦しめられることになった。


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