東電 TV会議映像公開 緊張、混乱 生々しく

 緊張、混乱、面従腹背-。東京電力が六日に公開を始めた福島第一原発事故当初のテレビ会議の映像には、いらだち、一芝居を打つ吉田昌郎所長(当時)や、東電に不信を強める菅直人首相(同)、うろたえる東電本店の姿が記録されていた。1号機の爆発と、菅氏が本店に乗り込んだ際の映像は無音だが、身ぶり手ぶりなどから状況がうかがえる。(原発取材班)

◆1号機爆発 吉田所長がひと芝居

 映像は昨年三月十一日午後六時半、音声のない十六分割の画面で始まった。本店や福島第一のほか、福島第二、柏崎刈羽なども結んだ映像だ。
 無音のため、会話内容は分からないが、比較的、落ち着いていた福島第一の現地対策本部が翌十二日午後三時三十六分、一変した。画面も大きく縦揺れした。1号機原子炉建屋の水素爆発だった。
 一方、何が起きたか分からないのか、本店に詰める東電幹部の表情に変化はなかった。
 同日午後七時二十三分、吉田所長は両腕で大きくバツ印をつくると、数メートル離れた席の職員に歩み寄り、数秒耳打ちして自分の席に戻った。
 東電によると、本店は「官邸の意向」と1号機への海水注入を止めるよう指示していた。吉田所長は「俺の指示に従うな」と担当職員に小声でささやいてから、大きな声で注入の中止を命じた。注入を中断させないための芝居だった。

◆3号機爆発 本店から「退避」の指示

 「本店!本店!大変です!大変です!」。吉田所長の甲高い叫び声が響いた。3号機原子炉建屋で水素爆発が起きていた。
 十四日午前十一時一分ごろの現地本部の映像は一秒あまり揺れた。作業員はしばらく動きを止め、すぐにはじけるように動きだした。吉田所長は一分後、本店に呼びかけ「3号機。たぶん水蒸気だと思う爆発、今起こりました」と報告した。
 直後から現地本部には「パラメーター見てくれ、3号の!」などと怒鳴り声が飛んだ。本店からは「現場の人は退避」との呼び掛けがあったが、現地本部に大きな混乱は見られず、吉田所長は「線量の、綿密な測定と報告をお願いします」「なるべく固まって安否確認」などと、時折詰まりながらも指示を出していた。

◆2号機大混乱 清水社長指示で注水決定

 2号機は十四日夕、危機を迎えた。緊迫した状況の中、班目(まだらめ)春樹原子力安全委員長の示した対応策が現場方針と食い違い、混乱が起きていた。
 「班目先生からベント(排気)より先に注水しろと指示が来たがそれでいいかしら」。十四日午後四時十四分、吉田所長が本店に問い合わせた。
 現場は無理に注水しようとすると、原子炉内の圧力は下がらず、事態が悪化する可能性を心配し、班目氏の指示をうまく打ち消したかったからだ。
 本店技術陣も現場と同じベント優先の考えだったが、清水正孝社長(当時)が「班目先生の方式でいってください」と指示し、注水優先に決まった。

◆菅首相乗り込み 身ぶり手ぶり伝わる怒り

 菅氏は十五日午前五時四十分ごろ、東電本店に乗り込んだ。2号機の状況悪化で、東電が全員撤退するとの話があったからだ。
 無音だが、身ぶり手ぶりから叱責(しっせき)の厳しさが伝わった。激しい動きは約十三分続いた。この時、菅氏は「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げ切れないぞ」と幹部に怒ったという。
 この様子を福島第一の職員らが見入っていた。菅氏の姿が消えると額をぬぐう東電幹部もいた。その後、菅氏は勝俣恒久会長(当時)らと別室に移ったが、直後に4号機が爆発した。

「6、7回どつかれた」 武黒氏 菅首相を批判 事故翌日の夜ぼやく

 東京電力のテレビ会議映像には、三月十一日の事故発生直後から首相官邸に詰めていた武黒一郎フェロー(当時)が翌十二日深夜、八分間にわたり菅直人首相(当時)らを批判する様子が残されていた。
 「『どういう根拠なんだ!それで何があっても大丈夫と言えるのか』と、散々ぎゃあぎゃあ言われた」
 武黒氏は、菅氏から住民の避難範囲の意見を求められて説明したときのことを振り返り、こうぼやいた。 菅氏のあだ名「イラ菅」にも言及し「とにかくよく怒る。私も六、七回どつかれた。あれから比べると吉田(昌郎所長=当時)さんのどつきなんてかわいいものだ」と話した。
 不満の矛先は、首相補佐官や官房副長官らにも向けられた。
 「民主党政権は若い人たちが事前の仕切りをする。優秀で視野はそれなりに広いが、奥行きや『ため』がどうかなっていうのは正直なところあった」
 具体的な名前こそ挙げてはいないが、細野豪志、寺田学両首相補佐官、福山哲郎官房副長官(いずれも当時)らを念頭に置いているとみられる。

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