ふくしまの10年 無人の街を撮り続けて ⑩(最終回)「救助中止」苦渋の決断

請戸漁港近くの建物は2階部分まで破壊されていた=浪江町で(飛田さん提供)

 東日本大震災の津波で沿岸部に大きな被害を受けた福島県浪江町。今年4月8日、9年ぶりに請戸(うけど)漁港で競りが行われた。
 写真家・飛田晋秀(ひだ・しんしゅう)さん(73)が震災後、最初に請戸漁港周辺に向かったのは2012年3月21日。「木造の建物は基礎を残して流され、コンクリート造は骨組みだけになっていました。大きな漁船が陸地深くにまで打ち上げられ、津波の破壊力のすさまじさを感じました」と振り返る。
 東京大などの調査では、3月11日に請戸地区に押し寄せた津波の高さは15.5メートルとされる。「浪江町震災記録誌」によると、津波による死者は182人で、うち溺死は150人に達した。そのほとんどが請戸地区だった。
 津波襲来後、消防団に出動要請が出され、団員らは一斉に請戸地区など沿岸部に向かった。しかし、12日早朝に東京電力福島第一原発から半径10キロ圏内からの避難指示が出される。暴走を始めた原発がどうなっていくのか、全く見通せない状況だった。
 請戸地区は第一原発から北に約6キロで、消防団員らは救助活動を中止せざるを得なかった。県警による本格的な捜索は約1カ月後だった。震災と原発事故の複合災害の厳しさがここにもある。 =おわり(長久保宏美が担当しました)

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