ふくしまの10年 無人の街を撮り続けて ⑦「慌ただしさ」の残骸

双葉病院の中庭に放置された車いす=大熊町で(飛田さん提供)

 東京電力福島第一原発事故による住民避難は苦難を伴った。原発の南西約4.5キロにある双葉病院(大熊町)の患者と系列の介護老人保健施設では、入所者らが長時間の搬送や避難を余儀なくされ、移動中のバス車内や避難先で、寝たきりの患者らが多数死亡した。
 三春町の写真家・飛田晋秀(ひだ・しんしゅう)さん(73)が地元住民に同行し双葉病院に向かったのは事故1年後の2012年3月。
 道路からも見渡せる中庭には、数多くの車いす、キャスター付きベッド、未開封のミネラルウオーター、乾パンの入った段ボールが放置されていた。
 「いかにあわててお年寄りたちを避難させたかが分かる現場でした。とりわけこの病院の患者の救助がうまくいかなかったのか。家族にみとられることもなく、バスの中で亡くなった方の気持ちを考えるとたまりません」
 政府事故調査報告書などによると、避難指示発令後の2011年3月12日午後2時には、双葉病院の入院患者の避難が開始されたが、病院長と重篤患者129人、老健施設の入所者98人が残された。
 その原因は、救助情報が県対策本部内で共有されず、福島第一原発1、3号機の水素爆発で自衛隊の救助も難航。全員の避難完了は16日になってからだった。

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