ふくしまの10年 無人の街を撮り続けて ③猛暑でも防護服の墓参

双葉町で墓参りする新野亥一さん=双葉町で(飛田さん提供)

 福島第一原発事故の被災地を撮り続ける三春町の写真家・飛田晋秀(ひだ・しんしゅう)さん(73)は2016年7月、事故前まで双葉町役場近くで自動車整備工場を経営していた新野亥一(しんの・いいち)さん(73)の墓参りに同行した。
 猛暑のなか防護服を着て墓地を目指した。墓地は小高い場所にあり、事故前は田畑越しに町を見渡せたが、放置された田畑には草木が茂り、景色は一変していた。
 現在、妻と2人で郡山市に住む新野さんは、2011年4月に整備工場の経営を息子に譲り、農業を始める予定だった。しかし、原発事故により、避難を余儀なくされた。転々と避難生活を送るなか、父親は亡くなり、母親は介護施設に入所することに。息子一家は千葉県に避難し生活の拠点を築いた。
 飛田さんは新野さんと同い年で、頻繁に会って話すうち避難後のつらい体験を知る。
 「新野さんは、県内の避難先で『あなたたちは、東電からお金もらって生活できるからいいよね』と言われたそうです。賠償金もらったって、元の仕事や生活に戻れるわけではない。同じ県民からそういうこと言われるのが悲しいですよね。家族が分断され、地域が分断される。それが原発事故なんだと強く感じました」と飛田さんは話した。

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