福島・夜の森、桜の下で住人思う 大阪の詩人・奥村和子さんが寄稿

 東京電力福島第一原発事故による避難指示が3月10日に一部で解除された福島県富岡町のJR常磐線夜ノ森駅周辺は、桜の名所として知られる。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で外出自粛ムードとなっていた4月6日、満開となった桜の木の下で1人の女性と出会った。(小川慎一)

バリケードで封鎖された帰還困難区域内にも夜の森の桜並木がある=福島県富岡町で(いずれも2020年4月6日、小川慎一撮影

 「写真を撮ってもらえませんか」。リュックサックを背負ったマスク姿の小柄な女性に声を掛けられ、デジタルカメラを渡された。
 女性は大阪府富田林市の奥村和子さん(77)。「詩を作っているんですよ」と笑った。定年まで府立高校で国語の教員を務め、詩集や小説を出版してきた。
 常磐線が3月14日に全線開通したのを機に、原発事故で被災した地域を電車で巡っている途中だったという。「ずっと見たかったんです。今しかないと思って」。夫の反対を押し切っての詩作の旅だった。
 「このあたりは人が住んではるの?」。町に住む人は4月1日時点で1292人。住民登録者の1割しかいない。そのことを伝えると、「胸が痛みます。ひどいというしか…」とぽつりと言った。

桜の開花基準木の近くは、住宅が解体されて空き地が目立つ。空間放射線量を示すモニターは毎時0.57マイクロシーベルトを示していた。国の除染基準である毎時0.23マイクロシーベルトを大きく超えている

 バリケードで隔たれた先の放射線量が高い帰還困難区域にも、桜並木が続く。奥村さんは周辺を1人歩いて回り、その様子を目に焼き付けた。「人のいない町を歩き、ショッキングで夜は眠れませんでした」。後日メールが届き、1篇の詩が添えられていた。
 原発事故が起きなければ、町にあったはずの人々の暮らしに思いをはせた詩だった。夜の森地区で放射線量が高い帰還困難区域に人が住めるようになるのは、2023年春ごろ以降。ただ避難指示が解除された地域は、どこも戻ってくる住民は少ない。復興が終わる日はまだまだずっと先だ。

夜の森のさくら  奥村和子

夜の森という
ふしぎな名の町へ来た
400数本のソメイヨシノが2.2キロにわたって
さきほこる さくらのクニのめでたさよ
ピンクの天蓋(てんがい)の下でわたしは夢をみた
9年前の町の人の暮らし
ボール蹴りする子どもたちの歓声
犬とおさんぽする退職後のおとうさん
町の健康増進センターで体力つくりするおばあさん
おしゃれな奥さまは美容院へ
人々のさりげない日常があった
駅前には理想郷というゲームセンターもある
清澄な北国の青空を埋める
さくらのはなやぎ

夢からさめたわたしは現(うつつ)の町にいる
いたるところ「この先帰還困難区域につき通行止め」の立て看板
はらはらとさくら散る沈黙の町
ベランダと窓の花瓶の瀟洒(しょうしゃ)な家や
庭の愛車を放りすて逃げた人々
原発20キロ以内避難命令の下りた
時が止まっている
万朶(ばんだ)のさくら咲く
黒々とねじれた太い幹の下の地中には
このクニの桜鬼どもがうごめいている

自粛ムードの中だったが、車で訪れた人たちが桜並木をカメラに収めていた
バリケードの先に続く「さくら通り」

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