調書は語る 吉田所長の証言 (4) 自ら拡大 3号機の危機

 非常用冷却装置による冷却が続いていた3号機だが、十三日未明に装置が止まると状況は悪化。しかし、吉田昌郎(まさお)所長は官邸にいた東電の部長らしき人物から「海水を使うと廃炉につながる」との電話を受け、注入準備が整った海水を使わず、新たにホースをつなぎ、淡水注入の準備を始めた。この時間的ロスがさらに事態を悪化させる結果につながった。 (肩書はいずれも当時)

■ 淡水切り替え時間ロス

 <テレビ会議の取材記録を見返すと、五時半ごろ、吉田氏は防火水槽を調べてきた部下から「もう(淡水は)二、三立方メートルのものしか残っていない」との報告を受け、3号機には「もう海水入れちゃうしかないだろ」と海水注入の方針を明言していた。しかし六時四十七分、官邸からの電話を終え、急に淡水への切り替えを指示した>
 -海水注入の準備が整ったのに、なぜ淡水に切り替えたのか。
 「基本的に思い出せないんですよ。強く海水がだめだというような指示が本店からあった記憶もないんですね。現場の人間は『海水注入は次にして、淡水という指示に切り替えた』と言っているようですけれども、私はあまり記憶が無くて、淡水であろうが、海水であろうが、やりやすい方でやればいいという判断でやったつもりなんです」
 「早く(再臨界を防ぐ)ホウ酸入れたいというのがあった。ホウ酸入れるのは淡水でタンクに入れた方がコントロールしやすい。それも頭に入っていた」
 「いろいろ思い出したんだけれども、確かに官邸から淡水で入れろという指示があった。それに引きずられたと今では思っていますけれども、完全に頭の記憶から抜けていました」
 -優先的に淡水を使うに至った理由は。
 「やはり官邸です」
 -それが一番ですか。
 「一番です。私は海水もやむを得ずというのが腹にずっとありますから、最初から海水だろうと、当初言っていたと思います。その後に官邸から電話があって、何とかしろという話があったんで、がんばれるだけ水を手配しながらやりましょうと」
 「ただ、水の手配はうちだけではできないんで、自衛隊も含めてお願いしますよという形で動いているというのがこの時点なんですね。ある程度、自衛隊が動いてくれれば水の補給は可能であるかなと、まだ期待があった時点なんで」
 -(1号機で中止したふりをして海水注入を続けたように)真水を入れると言いながら、海水を入れる考えはなかったか。
 「このときはまだ真水をメーキャップ(補給)すれば何とかなるタイミングだと思っていたんです。技訓(技能訓練棟)プールの中に何百トンくらいの水があったので。その後で、外からの水の補給ですね、自衛隊も含めまして、それが間に合えば、真水で何とかできるだろうという見通しが二つあったんです」
 「1号はメーキャップできない状態で、真水を使えないんで、海水でやりますと腹を決めて海水を注入し始めた。廃炉も何も関係なくて。ここ(3号機)はまだメーキャップできる可能性があるんで、何とかできる範囲は真水を集めてやろうではないかという考え方ですから、海水をどんどんやるという前の日の状況とは違う」

■ 核燃料が露出

 <一方、現場は炉の圧力を下げるためのベント(排気)に苦戦していた。作業員たちは3号機の中央制御室に自家用車のバッテリーをかき集めて電源をつくり、なんとかベント弁を開けて減圧に成功。ようやく注水できたのは九時二十五分になってからだった。減圧して蒸気が抜けても、注水ができなければ炉は危険な空だきになる。吉田氏はテレビ会議で「賭けだな、もう。賭け」とため息をついている>
 -淡水注水が始まるまで六時間四十分くらい空いているが、炉心の状態は。
 「もうこのときは死ぬと思いましたから、要するにもっと早く入れたいわけですけど、結局ラインアップ(ホースをつないで注水の準備)もできないとか、いろんな条件が整わないということで」
 -水位が下がっていく状況で、燃料棒がもう露出している認識はあったか。
 「もちろんあります。水を入れるということと、格納容器の圧力を抜くことだけ考えていた。でも、準備ができないわけですよ。遅いだ、何だかんだ、外の人は言うんですけども、では『おまえがやってみろ』と私は言いたい。人も少ない中でやっていて、それを遅いなんて言ったやつは、私は許しませんよ」
 -十三日午前中は炉の圧力低下を見て、淡水注入を始めた。一応、3号機については手を打ったと。
 「水が入って、それで水位が回復してきたんですね。これはうれしかったですよ。ここでいったんほっとしたわけです。けれども、ベントが本当にできたかどうかよく分からないねという状態が続いていて、その辺の報告が次々ある中で、次は2号機だねと、それが重なっている感じですね。こんな三つのプラント(原発)を判断した人なんて、今までいませんよ、これからも多分いないでしょうけれども。もう思い出したくないんです」

■ 水源議論蒸し返す

 <しかし、消防車を一台増強し、重いホースを引き回して確保した八十トンの淡水は昼すぎに枯渇。再び海水に切り替える必要に迫られた。注水はその間五十分ほど途切れ、貴重な冷却時間を失うことになる>
 -淡水注入は開始したが、いずれ枯渇するので、十時三十分には海水注入を視野に動くという指示が。
 「というか(淡水と海水の)ダブルで検討させていたと思うんですよ」
 「だから、ホウ酸を入れて、それから海水という段取りを、私の記憶ではそう思っているんですけど、現場から聞くと、最初、海水といっていたのを淡水に戻してというような指示があったと言っているんですけども、私にはその記憶が無いんですよ。パラ(並行)では検討させた」
 -十時三十分ごろには、淡水がなくなったら海水だとあらかじめ言ったと。
 「はい」
 -海水注入を止めることも継続することも、所長の権限なのか。
 「普通の操作であれば、マニュアルだとかに従って実施しなさいということになりますけれども、海水を注入するなんて本邦初公開でございまして」
 <海水で注入を再開したものの、すでに炉心溶融が始まっていた3号機はさらに深刻さを増していく>
 -十三~十四時ころ、建屋の二重扉の内側あたりが三〇〇ミリシーベルトとか、白いもやがあった記録があるが、何が起こったと思ったか。
 「基本的には1号機と同じように、燃料がなにがしか損傷を受けて、その中の蒸気だとか、漏れ出たものが格納容器を出だしていて、それが建屋の方に出てきている状況だろうなと」
 <その夜、テレビ会議では、2号機の水源をどうするかが議論された。吉田氏が海水注入の方針を伝えると、本店社員が「いきなり海水っていうのは(炉内の)材料が腐っちゃったりしてもったいない。なるべく粘って真水(淡水)を待つという選択肢もある」と議論を蒸し返した。朝、水源を急に変える判断をし大ピンチを自ら招いた吉田氏は「今から真水というのはないんです。時間が遅れます。また」と言い放った>

◆その時、政府や東電は… 官邸の指示は誰?

 吉田氏が3号機への注水方法を、海水から淡水へ切り替えると指示したのは官邸からの1本の電話がきっかけだった。その場面は、東電のビデオ会議にも記録されている。
 13日午前6時43分。東電本店の社員がテレビ会議で「本当に緊急です。吉田所長、官邸から電話がかかってるんで転送します」と伝えた。
 この電話の直後、吉田氏はこう指示する。「官邸から。ちょっと海水を使うのは早すぎるんじゃないかとコメントがありました。廃炉につながるだろうと。極力、ろ過水なり、真水を使うことを考えてくれと」
 1号機では海水注入の中止命令を無視した吉田氏だが、この時は指示をすんなり受け入れる。電話の相手は誰だったのか。
 吉田調書では「■■(黒塗りだが、東電の原子力品質・安全部長と判明)と話をした後、誰かに代わったんですよ」と、吉田氏の判断を変えさせたのはこの部長とは別人のような発言になっている。
 東電の武黒一郎フェローや原子力安全・保安院の安井正也氏、細野豪志首相補佐官ら数人の名前が挙がったが、吉田氏は「ここの記憶は全く欠落している」と繰り返した。
 細野氏は調書で「淡水、海水の違いというより水という認識しかなかった」と関与を否定。公表されたほかの政治家の調書では、この時の電話についてはほとんど触れられていない。
 政府や国会の事故調査報告書では、淡水への切り替えは、最初に官邸から電話をかけてきた東電の部長からの指示だったと結論づけている。

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