ふくしまの10年 マスター、もう少し聞かせて ⑤丈夫な新幹線に感謝

東北新幹線・信夫山トンネル真上にある慰霊碑を清掃するJR東日本社員=福島市で

 福島市の居酒屋「せら庵」のマスター・江代(えしろ)正一さん(71)は、本業の傍ら郷土史の研究をしている。主なテーマは福島盆地の歴史や古代から中世にかけて、本州内陸部に整備された幹線道路「東山道(とうさんどう)」についてだ。店内には福島市の古地図があちこちに張られている。
 福島盆地の中央部には、信夫(しのぶ)山という標高275メートルほどの山がある。在来線の東北線は山の西側をう回するが、東北新幹線は南北一直線のトンネルを走る。トンネル南側の開口部近くに慰霊碑があると、店の常連だった元福島駅長の狩野(かの)安則さん(64)が教えてくれた。
 誰の慰霊かと言えば、東北新幹線の建設工事に伴い死亡した人たちのことだ。
 その数百十人。多くはトンネルの落盤事故によるものだという。旧国鉄時代に関係者有志によって建立された。毎年、お盆が近づくと、JR東日本東北工事事務所の社員らが慰霊碑に花や線香を手向け、周辺を掃除する活動を続けているという。
 狩野さんの話を聞いて、大震災のあと東北新幹線が短期間で復旧したことを思い出した。2011年3月15日、東北新幹線が那須塩原駅(栃木県)から東京方面へ運転を再開。同駅にはさらに遠くに逃げようとする人たちが車で殺到した。
 東日本大震災の直後、東北道は緊急車両と許可車両しか通れず、在来線は不通。記者が「那須塩原駅で新幹線に乗った避難者は、すごくほっとしたと聞いた。丈夫に造った人に感謝しないとね」と言うと、狩野さんは「そういう風に言ってくれると、うれしいね」と話した。

ご意見・ご感想は

メールで、fukushima10@tokyo-np.co.jp へお寄せください。

関連記事