ふくしまの10年 行ける所までとにかく行こう⑰ たわんだ道の先に人が

地震で波打った道路には、原発関連企業の社員とみられる人がいた=大熊町で(豊田直巳さん提供)

 東京電力福島第一原発が立地する大熊町の街の様子はどうなのだろうか。原発内の取材をあきらめた写真家の豊田直巳さん(64)は2011年4月18日午後、ひとまず町役場を目指して車を走らせた。
 大震災直後は段差だらけだった国道6号も、1カ月がたってある程度は補修された。所々スピードを落として注意して進む必要はあったが、通れるようにはなった。しかし、市街地に通じる県道や町道などはあちこちで30~40センチの段差ができたままで、寸断された状態だった。
 現在、町役場は放射線量が比較的低い南西3㌔強の大川原地区に移転したが、当時はJR常磐線大野駅に近い場所にあった。
 大熊町の中心街に行くには、JRの線路を越える必要がある。行きつ戻りつルートを探したものの、段差があって進めない。どこに行っても人影はなく、車にも出会わない。無人の街になっていた。
 「弱ったなあ。向こうに行くルートはあるんだろうけど、土地勘もないし」。途方に暮れていた時、路上に1台の乗用車が止まっているのが目に入った。頭から足先まで防護服に身を固め、ゴーグルをかけた男性が現れた。
 話をしたいと思ったが、男性との間には、大きくたわんだ道路が横たわっている。とても行けない。望遠レンズで撮影しているうちに、男性は紙袋を手に車に乗り込んで走り去った。工事事務所か何かがあり、荷物を取りに来たのだろうと思った。
 時計を見ると既に午後3時前。市街地の様子を見たい思いはあったが、少しでも広く取材しておきたい。日没後は道路の段差や崩落場所がよく見えず危険なため、暗くなる前に出たい。大熊町の取材は断念し、車を南に向けた。

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