ふくしまの10年 行ける所までとにかく行こう⑮ 放置された公民館

無人の公民館には、自転車がバイクが置きっぱなしになっていた=双葉町で(豊田直巳さん提供)

 2011年4月18日、双葉町郡山地区にある堤防から、高濃度の汚染蒸気を吐き出す東京電力福島第一原発を見た写真家の豊田直巳さん(64)さんは、もっと近くから現場を見ようと南へ車を向けた。途中、目についたのが同地区の公民館だった。
 堤防や、三角屋根が特徴的な海の家「マリーンハウス」などは大津波に襲われていたが、公民館の周辺は小高い丘にあり、津波被害は免れていた。
 瓦屋根の公民館の前にバケツが置いてあり、自転車とスクーターが止まっていた。豊田さんは「ひょっとして人がいるのか?」と気になり寄ってみた。
 公民館入り口脇には「ひなんばしょ 原子力災害時集合場所」の看板があり、放射線量などを監視するモニタリングポストも設置されていた。
 玄関には「対策本(その下は紙が破れ飛んでいたため読めず)」の立て看板が出され、原発事故の発生を受け、ここで何らかの対応が取られた様子だった。
 しかし、玄関は施錠もされず開けっ放し。中をのぞいてみると、会議机の上にカセットこんろとホットプレートが置かれ、何か食べた形跡はあったものの、それ以上の動きはなかったように感じたという。
 本紙が双葉町役場に当時の状況を確認したところ、事故が発生した3月11日当日、事前の計画に従って同地区の住民が何人かが公民館に集まった。
 しかし、原発の状況はどんどん悪化し、福島県が午後8時50分に原発2キロ圏に避難指示を出した。一部が2キロ内にかかる同地区の住民は、約6キロ西の山田地区や石熊地区に即時避難することに。翌朝には避難指示が10㌔圏まで拡大され、事前の計画は吹き飛び、住民は転々と避難を迫られることになった。

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