ふくしまの10年 行ける所までとにかく行こう⑪ 大丈夫と言われたから

猫の世話もあり帰宅していた関場さん夫妻。豊田さんから放射線量を聞かされ、この地を去った=浪江町赤宇木で(豊田直巳さん提供)

 2011年4月15日から、写真家の豊田直巳さん(63)は4回目の福島取材に入った。浪江町の山道を走行中、橋の向こうに人の姿を見つけた。
 同町の津島や赤宇木(あこうぎ)地区は、東京電力福島第一原発の20㌔圏外にあるが、高濃度の放射能汚染にさらされていることが判明。既に避難指示が出ていた。原発事故から10年目の現在も、帰還困難区域に指定され、許可なく出入りできない。
 豊田さんが出会ったのは関場健治さん、和代さん夫妻。いったん会津地方の親戚のもとに身を寄せたが、飼い猫の問題もあって戻ってきたという。
 「この地区の放射線量のことなどを聞いていないのですか?」。豊田さんが問うと、和代さんは「自衛隊や警察、白装束(防護服)の人たちを見かけるたび、大丈夫なのと聞いたが、だれも数字は教えてくれなかった。『大丈夫』と言われたから、ここにいるのよ」と答えた。
 豊田さんは線量計を取り出し、公道から関場さん宅に続く道の入り口で測ると毎時20マイクロシーベルト。線量計を地表に近づけると100マイクロシーベルトまで上昇し、地表からも周囲からも非常に強い放射線が飛んできていることがはっきりした。放射性物質がたまりやすい雨どいの排水口近くで500マイクロシーベルトにまで上昇した。
 「事故前の400から1万倍の値です。ここに長くいない方がいいですよ」。そう聞かされた関場さん夫婦は驚き、すぐ避難することを決めた。30分ほどで荷物をまとめ、愛猫を連れ、会津方面へと旅立った。
 その姿を豊田さんは見送った。関場さん夫婦は福島県内を転々と避難を繰り返し、5年前、茨城県日立市に落ち着いた。しかし、美しい自然に囲まれた暮らしを奪われた喪失感が消えることはない。

ご意見・ご感想は

メールで、fukushima10@tokyo-np.co.jp へお寄せください。

関連記事