ふくしまの10年 行ける所までとにかく行こう⑨ 始まらない遺体捜索

請戸(うけど)地区では、同行した仲間が道路わきのがれきで遺体を見つけた。目印の旗を立てた=2011年4月1日、浪江町で(豊田直巳さん提供)

 2011年4月1日午後、写真家の豊田直巳さん(63)は、浪江町役場やJR常磐線浪江駅のある繁華街から、海側の請戸(うけど)地区に向かった。国道6号を渡ってしばらく行くと、様子は一変した。津波に襲われ、一面にがれきが広がっていた。
 現場は東京電力福島第一原発の北8キロほど。事故現場に近い割には、手持ちの線量計の値は毎時1マイクロシーベルト程度だった。
 その一方で、津波の惨状はすさまじかった。道路はあちこちで数メートル横にずれたり、めくれ上がったりしていた。田んぼだったであろう土地には、おびただしい家のがれきや泥、金庫や車も流れ込んでいた。写真の額や位牌(いはい)もあり、この地域の暮らしが根こそぎ流されたことを物語っていた。
 「遺体がある」
 がれきの間を歩くうち、同行した仲間から言われた。
 駆けつけると、折り重なった木材の間から、人間の足がのぞいていた。現場は道路のすぐ脇。捜索されていれば遺体の存在はすぐ分かったはず。大震災から3週間たっても、捜索や遺体回収は進められていないのだとショックを受けた。実際、捜索が始まったのはその2週間後だった。
 がれきの中から青いジャンパーと棒を見つけ、目印となる旗を作って現場に立て、現場を離れた。
 二本松市に避難した臨時の浪江町役場に電話し、発見場所と目印の旗のことを伝えた。自分たちでは遺体をどうしようもなかったことをわびた。
 担当の女性は「ご連絡ありがとうございます」と言った後、「私たちも、行方不明者を捜したい方々も、捜索やご遺体の回収をしたいところですが、そこには入れない状態です。警察や自衛隊にお願いはしているのですが、まだ捜索は始まっていません」と話したという。

ご意見・ご感想は

メールで、fukushima10@tokyo-np.co.jp へお寄せください。

関連記事