ふくしまの10年 行ける所までとにかく行こう⑦ 大切な過去まで汚された

立ち寄ったお墓でも高い放射線量を検出。「大切な過去まで汚された」と悔しさがこみ上げた=2011年3月22日、大熊町で(豊田直巳さん提供)

 「この写真はぜひとも載せてほしい」。この連載用に、写真家の豊田直巳さん(63)と写真を一緒に選ぶうち、指さしたのがこの1枚だった。
 お墓の前で線量計が写っている。こんな所まで取材したのかと驚かされた半面、なぜこの写真にこだわるのかと戸惑いもした。豊田さんは「ね、お願いだよ」と言った。
 2011年3月22日、避難住民が身を寄せる内陸部の田村市総合体育館の取材を終え、再び海を目指す途中、大熊町の国道脇の墓地での1枚だ。近くの温泉地で、原発事故発生2日後の3月13日に放射線量を測った時は毎時10マイクロシーベルトだったのに、再び同じ所で測り直すと27マイクロシーベルトにまで上がっていたという。
 この間、3号機でも水素爆発が発生。さらに2号機が格納容器の破裂寸前まで危機的な状況となり、膨大な放射能をまき散らした。撮影時点でも2号機はもうもうと高濃度汚染された水蒸気を吐き出していた。事故で放出された放射能の半分は2号機由来との説が有力だ。事故の進展が測定値の差となったとみられる。
 「前回の取材で1000マイクロシーベルト超の放射線を経験したから、もう値の高さへの驚きはなかった。この1枚にこだわるのは、言葉では表せないくらい悔しさを感じるから。お墓は先祖代々、この地で人々が暮らしてきた大切な証し。福島第一から出た放射能が、人々の大切な過去まで汚してしまった。この地に長期にわたって残ってしまうんだと実感し、シャッターを切った。心がキリキリ痛んだ」
 広い地域に出された避難指示は続々と解除され、JR常磐線も今年3月、全面復旧した。しかし、墓地前の国道は通行できるが停車は不可。墓地は今も帰還困難区域内にあり、許可なく立ち入ることができない。

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