除染後の被ばくは大丈夫なのか? 生活パターン別に測定ルポ

 東京電力福島第一原発事故で汚染された地域で、除染が進んでいる。実際に帰還したとき、本当に放射線の影響は大丈夫なのか。本紙は除染が終わった家々を訪ね、居間や農地、作業場など住民の生活パターンに沿って放射線量を測った。すると、国が目指す「早期帰還」は生易しくない現実が見えてきた。(山川剛史、大野孝志)

国「屋内6割減る」 実測するとそんなに差はなかった

 福島第一の西約二十キロの福島県田村市都路(みやこじ)町では、一時帰宅した専業農家の渡辺清栄(きよえい)さん(76)が、農機具を収める倉庫の手直しをしていた。
 自宅も田畑も国が除染を実施したが、ここで暮らしたら、どれくらいの年間被ばく線量になりそうなのかは知らない。
 そこで、線量計を手に、玄関先や居間、寝室などの放射線量を計測。屋外が毎時〇・二五マイクロシーベルト(一マイクロシーベルトは一ミリシーベルトの千分の一)だったのに対し、居間は〇・二マイクロシーベルト。屋内の値は屋外より二割ほど低かったが、それでも国が目安で使っている六割減には遠く及ばなかった。
 事故前は一日八時間ほど作業していたという自宅前の水田と畑も測った。足を踏み入れたとたん数値がぐんと上がり、〇・四マイクロシーベルト前後で安定した。予想した通りの値だったが、かなり高い。
 どこで何時間くらい活動するのか生活パターンを聞き、それぞれの場所の線量、時間をかけ算していくと年間の被ばく線量が推定できる。
 渡辺さんの場合、約二・五ミリシーベルトという結果が出た。一般人の上限値一ミリシーベルトの二・五倍ということになる。
 数字を聞いた渡辺さんは「危ないのかどうか、自分には分からない」と当惑した表情を浮かべた。
 ただ、家族四人での四畳半二間の仮設住宅暮らしにも疲れを感じている。先祖から受け継いだ田畑で農業も続けたい。特別宿泊を利用し、一時的に帰るつもりだが、「このまま戻れと言われても困る。誰が責任を取るのか」と語った。

農地は線量高く、農家は心配 

 本紙は、田村市のほか、川内村や楢葉(ならは)町も訪ね、同様の手法で六人の年間被ばく線量を推計した。結果は、川内村の畳業者西山利夫さん(71)が一・七ミリシーベルトだったのを除けば、他の五人はいずれも二ミリシーベルト台だった。
 確信が持てたのは、屋外の放射線量が毎時〇・二三マイクロシーベルトを下回ってさえいれば、年間被ばく線量は上限値の一ミリシーベルトを下回る、との見方は危ういということ。
 訪ねた家々では、どこも玄関や縁側の窓を開け放ち、周囲の自然と一体化して暮らす古き良き日本の生活スタイルだった。
 さらに、福島は有数の農業県。除染後でも田畑には毎時〇・四マイクロシーベルト程度の線量が至る所で確認された。作物への放射性物質の影響はコントロールできているとしても、問題なのは長時間の作業をする農家の健康だ。
 低線量の被ばくをめぐっては、どれほどの健康影響があるのか、専門家の意見がまとまっているとはいえない状況もある。
 一日おきに帰宅しているという楢葉町の専業農家青木良美(よしみ)さん(78)は、近くの水田に積まれた除染廃棄物入りの黒い大きな袋の山を見ながらこうつぶやいた。
 「あれがある間は、避難指示が解除されても町には戻りにくい。うちも孫が避難先で学校に通っているが、無理だろうな」


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