ふくしまの10年 小高にあった「ラーメン大将」②目が見えなくなってから

小屋づくりに励む原田宗雄さん。古い鍋も材料を練るのに活用した=南相馬市小高区で

 1982年7月、南相馬市小高区の国道6号沿いに「ラーメン大将」を開店して1年半ほどで、原田宗雄さん(76)の目は完全に見えなくなった。
 不安やいら立ちを、店を切り盛りする妻の幸子さん(64)にぶつけることも珍しくなかった。「ムちゃん(宗雄さんの愛称)はイカのさばき方とか、中華料理の腕はすごかった。目が見えなくなって、できなくなっちゃったのはすごく残念だった。でも憎たらしいっていう思い出もいっぱいあります」
 失明から10年ほどたったある日、宗雄さんは店の隣に車庫を建てることを思い立った。「頭の中で図面を書いていくんです。それまで犬小屋ぐらいしか作ったことはなかった」(宗雄さん)
 手探りで木材をくぎで打ち、触って形を確かめながら骨組みを作り、板を張って屋根などを作った。中学生だった娘の亜希子さん(41)も木材を採寸するなどの作業を手伝った。車庫づくりには、娘に父親の頑張る姿を見せたいという願いもあった。途中、宗雄さんは水路に落ちたり、指に金づちを打ち付けたりして生傷は絶えなかったが2カ月で車庫は完成した。
 車庫ができてからは、宗雄さんは再び目標を失い、「悪い人」(幸子さん)に戻った時期もあったようだが、2006年に初代の盲導犬のハーツが来て、生きることに活路を見いだせるようになった。亜希子さんが結婚し、夫婦と犬一匹で暮らしていた一家を11年3月11日、東日本大震災が襲った。
 その日の昼ご飯にカレーうどんを食べ、宗雄さんはハーツと一緒に接骨院に出掛けようとしていた。正月に足をねんざしていた。大きな揺れの後、2人と1匹は車の中に避難して、落ち着くのを待った。

ご意見・ご感想は

メールで、fukushima10@tokyo-np.co.jp へお寄せください。

関連記事