ふくしまの10年 お先に花を咲かせましょう⑨ 生きる力を生むもの

大井千加子さんが運営するデイサービス施設=南相馬市小高区で

 福島第一原発事故の前、大井千加子さん(58)は南相馬市小高区の大富地区で4世代9人で暮らしていた。義父母と自分たち夫婦、息子夫婦と孫3人。避難で離れ離れになったが、再び同居する日を夢見ていた。
 小高区の避難解除が決まり、義父母は「狭い仮設より、誰もいなくても帰りたい」と望んだ。夫婦で激論の末「サルやイノシシがうようよしているところに高齢者二人で帰せない」と一緒に戻ることを決めた。息子夫婦は子どものことを考え福島市で家を買った。
 大富地区の自宅近くの家を借りてのデイサービス施設開設は、この先も息子夫婦と離れて暮らすという、苦渋の選択肢を受け入れた上での決断だった。
 「震災前は、家の出窓から孫二人が外を見ていて『ばあちゃんが帰ってきた』と出迎えてくれた。その時間は二度と帰ってこない」
 現在、二つの施設を運営する。高齢者だけで戻ってきた人たちも多い。
 「高齢者には辛い環境です。今の生活どうすんだべね、と不満は尽きない」。それでも散りぢりになっていた人たちが施設で感激の再会をすることもある。「苦しみは共有できる。つらいことをはき出せる場所に」と願う。
 取材を終えて、JR常磐線小高駅の方へと戻るタクシーは、祖父が経営する会社で働いているという若い男性が運転していた。「震災前はタクシーに興味なかったけど、今は人の役に立つ仕事だと思っている」と教えてくれた。車内は人々が悩みを吐露できる場所になっているそうだ。
 彼と、大井さんの心のありようは、どこか共通しているようにも思えた。誰かの役に立つことが、自分の生きる力にもつながる。そんな人々の気持ちの連鎖が、縮んだ街を何とか支えている。

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