ふくしまの10年 お先に花を咲かせましょう⑩ 若い人の力になりたい

すぎた和人さん(左)と小林友子さん=南相馬市小高区で

 南相馬市博物館(原町区)に1枚のグラフが展示されている。江戸時代、天明、天保の2度の大飢饉(ききん)が起きた前後の相馬中村藩の人口と年貢の推移を現している。V字回復とまではいかないが、ジグザグを繰り返し、増加に向かっている。
 北陸地方などから浄土真宗信者を移民として受け入れたことと、二宮尊徳の財政再建策が回復の要因とされる。学芸員によると原発事故後の地域の危機に、祖先の奮闘ぶりを想起する人が少なからずいるそうだ。
 この地域が今後、どんなグラフを描くにしても、そこには人々の喜怒哀楽が詰まっている。戻る人、諦める人、新しく来る人―。
 双葉屋旅館の女将、小林友子さん(67)は「今一緒に何かやっているのは、震災後に知り合った人の方が多いかな」と話す。
 その一人が、旅館で週2回、ランチのカレーを出しているクリエーターのすぎた和人さん(55)。原発事故後、サケの産卵や白鳥の越冬を撮影するため、南相馬市に移住した。「当事者ではないから、どう伝えていいのか迷いがあった。でも皆いつか災害の当事者になる可能性がある。発信していいんだと思うようになった」
 街の中心部でも、解体による空き地が点在する。避難解除前から駅前の花壇で花を育てていた小林さんは、空き地を菜園にするプロジェクトにもかかわっている。花や野菜のある光景は少しずつ広がる。「ここは何もなくなってゼロから始められる場所にもなった。何かやりたい若い子たちの力になりたいなって。私たちの年代は先が見えているから」。 3代目の女将だった母親が仕事を続けていた年齢まであと7年。そこまでは頑張ろうと決めている。=おわり=(早川由紀美が担当しました)

ご意見・ご感想は

メールで、fukushima10@tokyo-np.co.jp へお寄せください。

関連記事