「常磐もの」出したい<フラ女将の街で 福島いわき湯本の9年 中>

 40年前、横浜の農家から福島県いわき市の湯本温泉街の旅館「新(しん)つた」に嫁いだ女将(おかみ)の若松佐代子さん(62)は、小さな魚の刺し身に驚いた。脂で光るピンク色がかった白身。「かわいらしくて、優しい味でね」
 その魚はメヒカリ。体長10~15センチで、唐揚げや天ぷらで食べることが多い。「常磐(じょうばん)もの」と呼ばれてきた福島沿岸でとれる魚介類の代表格だ。新つたでは9年前まで、地元のメヒカリの刺し身を出していた。
 今年2月、夕食の献立にはメヒカリの薫製焼きがあったが、産地は茨城県。地元のいわき・小名浜漁港で水揚げされたのは、ハワイ沖で取れたマグロだけで、福島沖の魚介類はない。

メヒカリの大きさを指で示す女将の若松佐代子さん=いずれも福島県いわき市常磐湯本町の旅館「新つた」で

自慢のメヒカリ漁獲量少なく

 「出せるんなら、もっと常磐ものを出したいんだけどね。お客さんがここで食べたいのは地物だと思うから」。料理長の遠藤晃さん(46)がさばさばと言った。
 メヒカリの刺し身は鮮度が肝心。いつでも水揚げ直後に仕入れられたから出せた自慢の品だった。しかし、漁獲量が少ないため今は仕入れの保証もなく、出せない。遠藤さんは20秒沈黙し、つぶやいた。
 「原発のせいなのかな」
 地元の海の幸をふんだんに使った温泉旅館の夕食にも、東京電力福島第一原発事故が暗い影を落とす。

夕食の前菜を盛り付ける遠藤晃さん。手前がメヒカリの薫製焼き

試験操業続く、福島の漁業

 漁業は、津波で船や港が破壊された上、原発から流出した放射性物質で海が汚染され、大打撃を受けた。漁の再開は2012年6月。魚種が制限され、放射性セシウム検査をしながらの試験操業だった。
 「福島産の魚の発泡スチロールはいつも売り場の端に置かれた」。いわき市中央卸売市場に地元の魚が並び始めたころの様子を、遠藤さんは振り返る。
 放射能への不安が地元住民にも宿泊客にも根強かった。遠藤さん自身、「自分は気にせずに食べていたけど、子どもには食わせなかった」と打ち明けた。
 新つたでは12年4月に通常営業を再開後、女将が宿泊客に、メヒカリが「いわき市の魚」としてPRされてきたことを話すと、こんなやりとりがあった。
 「この魚、いわきで取れたの?」「いえ、お隣の茨城から入れています」
 産地をよく尋ねられ、献立に「茨城産」などと書いていた。今はもう、魚の産地を尋ねる客はいない。

仲買業者の廃業で流通に壁

 福島沖の魚介類は安全性が十分に確保されているのに、「常磐もの」が旅館になかなか戻らない。遠藤さんは値段が高めと感じていて、「週末は80~100人分が必要だが、数がそろわない」と苦労を明かす。
 試験操業の漁獲量は売り先が確保できないと増やしづらく、九年間での仲買業者や運送業者の廃業で流通が回復していないことが、大きな壁となっている。
 「メヒカリって、本当はいわき沖が一番おいしいんですよ。親潮と黒潮がぶつかるところなんでね」
 刺し身を待ちわびる女将の若松さん。「1人前に3尾は必要で、さばくのに手間がかかる」と漏らす遠藤さんの横で、「私は食べたいなあ」と背中を押した。

福島の沿岸漁業とは?

福島第一原発事故後、2012年6月に試験操業として再開し、魚種や海域を絞った。放射性セシウム濃度のサンプル検査で、国の食品基準(1キログラム当たり100ベクレル)より厳しい自主基準(同50ベクレル)以下しか出荷しない。現在は原発10キロ以内を除き、海域も魚種も制限がない。19年の漁獲量は事故前の約14%。福島第一原発で汚染水を浄化処理した水の海洋放出が現実味を帯び、漁業関係者は放出に強く反対している。

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