ふくしまの10年 詩になったアナウンサー⑨ やっとかけられた曲

がれきに置かれたくまのプーさん。津波は地域にも、人の心にも大きな傷痕を残した=いわき市の薄磯海岸で(大和田さん撮影)

 東日本大震災の起きた2011年3月11日夕方から翌朝までラジオ福島のアナウンサーだった大和田新さん(64)はマイクの前でリスナーを励まし続けた。音楽も流した。
 しかし、被害状況の深刻さが増し、ラジオから音楽が消えた。13日は日曜日。「避難所にいる子どもたちに」と「アンパンマンのマーチ」を放送した。親から感謝のメッセージがたくさん寄せられた。
もう一つ、反響の大きい曲があった。福島県出身の五輪マラソンランナー佐藤敦之(あつし)さん(41)が歌う「福島県民の歌」だ。
 長い間、かけられなかった曲もある。サザンオールスターズの「TSUNAMI」である。
 タイトルこそツナミだが、失恋の切なさなどを歌った名曲だ。神奈川県出身の大和田さんにとっては、同郷の桑田佳祐さんが好きで、この曲は大好きな曲でもあった。
 震災後、大和田さんの番組の中で初めて放送したのは17年12月30日だった。事前に「かけていいでしょうか」と30人ほどに意見を聞いた。
 「放送中は涙が止まらなかった。私にとって、ようやく新たな一歩を踏み出すことができた瞬間だった」。批判は起きなかった。
 昨年、震災のあった3月にかけようと考えた。「風化に歯止めをかけたい」という狙いがあった。再び多くの知人にメールを送って意見を聞いた。
 福島県新地町の男性は津波で息子を亡くしていた。「息子の名前はサザンの桑田佳祐さんからとって佳祐にしました。この曲で佳祐を思い出してもらえればうれしい。津波が悪いわけじゃない」
風化を防ぎ、福島の現状を伝えるために、大和田さんはラジオから活動の場を広げていった。

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