ふくしまの10年 詩になったアナウンサー④ 掘り起こされた悲劇

鈴木姫花さんの遺作となった絵をもとにしたハンカチ

 ラジオ福島のアナウンサー大和田新(あらた)さん(64)は2011年4月から東日本大震災の被災地に通った。当時は編成局長。会社をそうそう留守にもできないので週1回だけ、取材に行くことにした。
 いわき市の北部に塩屋埼灯台がある。美空ひばりの「みだれ髪」では「塩屋の岬」とうたわれた観光地。大津波に襲われた。
 大和田さんはここで鈴木貴(たかし)さんと出会う。鈴木さんは実家にいた母親と遊びに行っていた小学4年生の長女姫花(ひめか)ちゃん=当時(10)=を津波で亡くした。
 姫花ちゃんが3年生の時に描いた絵が灯台絵画コンクールで入選していた。主催者の燈光(とうこう)会が死を知って、遺品となった絵を返してくれた。
 絵は、空が黄色で、真っ赤な太陽の中を白いカモメが飛ぶ。たくさんの友達が手を振っている。だが、この構図のように見える場所はない。「天国から見た景色なのかもしれない」と鈴木さんは思った。
 夢はデザイナーだった。作文が残っている。
 「十年後の自分へ。私は元気ですか。デザイナーになっていますか。それとも、デザイナーになるために、勉強していますか…」
 11年11月、この絵を元にハンカチが作られた。夢をかなえるように。
 鈴木さんは実家近くの高台に家を建てた。大和田さんが訪ねると、2階に姫花ちゃんの部屋があった。遺影の前に高校一年生用の参考書が置いてあった。生きていれば高校生だった。
 大和田さんはラジオ番組だけでなく、講演会でも姫花ちゃんの話を紹介する。「いわき市では津波で小学生2人が犠牲になりました。2人とも豊間小学校に通っていました」ともう1人の犠牲者とともに。
 現場に出ることで、多くの悲劇が掘り起こされた。

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