ふくしまの10年 詩になったアナウンサー②疑うのはやめよう

ラジオ福島は防災や交通安全など命を守るキャンペーンを今年1月から始めている

 「この朝が復興への第一歩となりますように」。ラジオ福島(福島市)のアナウンサー、大和田新(あらた)さん(64)は、東日本大震災が発生した2011年3月11日夕方から翌朝にかけての特番をそんな言葉で終えた。
 朝から局員たちは地震の被災地の取材に出かけていた。福島第一原発事故の一報が入ったのはその日の午後三時すぎ。大和田さんはその時、福島に原発が何基あるかも知らなかったという。意識することもなかった存在が暴走を始め、人々の命を脅かし始めた。
 15日にも爆発が起きた。大和田さんは女性アナウンサーを集めて言った。「次、爆発したらタクシーで(新幹線が動いている)那須塩原駅に行け。局に連絡しなくていい。会社は君たちの命を守らなくてはいけない」
 放送の中でも命と向き合うできごとが続いた。電話がつながりにくく、停電が続く地域も多い中、ラジオだけが情報源という人たちも多くいた。求められていたのは安否情報、生活情報、道路情報だった。リスナーからの情報も紹介したが、リスクもある。
 たとえば「心臓病の薬がなくなりそう」というメールに「自分のを少し譲ってもいい」という返事があった。紹介しても大丈夫なのか、議論になった。
 「ラジオ福島は60年間、リスナーとの信頼関係の上で放送をやってきた。調べずに全部受けていこう」と決めた。「疑うのはやめようと決めてからはラクだった」。クレームは皆無だった。
 社員約50人の小さな局だが、震災が落ち着くまで退職者はいなかった。みんなの力で乗り切ろうとしていた。リスナーとも気持ちはつながっていると考えていた。そんな大和田さんに、再考をせまる一枚のファクスが届いた。

ご意見、ご感想は

メールで、fukushima10@tokyo-np.co.jp へ。

関連記事