福島第一原発事故を巡る強制起訴事件で東京電力旧経営陣3被告を無罪とした9月19日の東京地裁判決の要旨

主文

被告らは無罪。

事故の概要

 2011年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード(M)9.0の地震が発生。規模、震源域とも国内観測史上最大だった。高さ約13メートルの津波が第一原発に襲来し、防波堤を越えて全面的に遡上(そじょう)し、小名浜港工事基準面からの高さ4メートル盤、10メートル盤の全域が浸水。同47分、1~3号機は震動を検知して原子炉が緊急停止し、各基や外部から電力の供給を受けられなくなり、非常用ディーゼル発電機の電気で非常用復水器、原子炉隔離時冷却系など炉心を「冷やす機能」の設備が作動していた。
 各基ではタービン建屋などに大量の水が入って非常用ディーゼル発電機や電源盤、蓄電池の多くが水をかぶって電源のほとんどを喪失。1~3号機は炉心を冷やす機能を失った結果、圧力容器の水位が低下して燃料が露出し、燃料や被覆管の温度が急上昇し、被覆管の材料が化学反応を起こして大量の水素が発生。被覆管が溶融して燃料から大量の放射性物質が放出され、圧力容器から格納容器、さらに原子炉建屋内に漏れて蓄積した。
 1号機は12日午後3時36分ごろ、3号機は14日午前11時1分ごろ、何らかの原因で水素に火が付き、原子炉建屋が爆発。2号機は1号機爆発の衝撃で原子炉建屋上部のブローアウトパネルが外れて隙間ができ、水素や放射性物質が放出された。4号機は3号機の水素が配管を通じて原子炉建屋に流れ込み、15日午前6時14分ごろ、爆発した。
 死亡した44人は双葉病院の入院患者32人と介護老人保健施設ドーヴィル双葉の入所者12人。長時間の搬送.待機を伴う避難を余儀なくされて過度の負担がかかるなどし、3月14日ごろから29日までの間に同病院や搬送過程、搬送先で死亡した。

争点

 本件の主たる争点は被告らに津波襲来の予見可能性があったと認められるか否かである。
 10メートル盤を超える津波の襲来が人の死傷の結果に至る因果の経過の根幹をなしている。そのような津波の襲来の予見可能性があれば、津波が主要建屋に入り、非常用電源設備などが水をかぶり、電源が失われて炉心を冷やす機能を喪失し、結果として人の死傷を生じさせ得るという因果の流れの基本的部分も十分に予見可能だったと言える。
 指定弁護士は①津波の遡上を防止する対策②遡上しても建屋への浸水を防ぐ対策③建屋に水が入っても重要機器が設置されている部屋への浸水を防ぐ対策④原子炉への注水や冷却のための代替機器を高台に準備する対策―を講じ、全てが完了するまで運転を停止すれば事故を回避できたと主張する。
 しかし、いつの時点までに対策に着手していれば事故前までに全て完了できたのかが判然としない。津波襲来の情報に接するのは武藤栄元副社長が早くて08年6月10日、武黒一郎元副社長が同年8月上旬、勝俣恒久元会長が早くて09年2月11日と認められ、仮にこれらの時期から全ての措置に着手しても、発生までに完了できたのか、証拠上明らかではない。結局、事故を回避するには運転停止しかなかった。
 事故の結果が重大であることは明らかだ。他方で電力はライフラインの一つで第一原発はその一部を構成し、小さくない有用性が認められる。結果の重大性を強調するあまり、想定し得るあらゆる可能性を、根拠の信頼性や具体性の程度を問わずに考慮して必要な措置を義務付けられれば、法令上は認められた運転がおよそ不可能になる。

長期評価

 政府の地震本部は02年7月、「3陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価」を公表した。福島県沖でもM8.2前後の地震が起きる可能性があるとしていた。
 08年2月16日、被告3人らが出席し新潟県中越沖地震対応打ち合わせが開催された。資料に記載された第1原発の津波想定を5.5メートルから7.7メートル以上に変更する情報を認識する契機だったが、想定の変更が了承され、耐震バックチェックに長期評価の見解を取り込む方針が決定された事実までは認定できない。出席者の新潟県中越沖地震対策センター所長はこれらの事実があったと供述するが、整合しない事実があるなど信用性に疑義がある。
 11年3月初旬の時点で「長期評価」は地震発生の可能性の具体的な根拠を示さず、地震学や津波工学の専門家、実務家、内閣府が疑問を示し、中央防災会議や地方自治体の防災計画、原子力安全.保安院の審査や原子力安全基盤機構による解析にも取り込まれなかった。東電の土木グループ担当者らだけでなく他の事業者からも直ちに対応した工事を行い、完了するまで原子炉を停止する必要があるとの認識が示されなかった。長期評価に客観的な信頼性、具体性があったと認めるには合理的な疑いが残ると言わざるを得ない。

運転停止の困難性

 事故発生前、第1原発は運転停止命令を受けておらず、事故も発生していなかった。多重的な対策が完了するまで相当な期間にわたって原子炉の運転を停止することになれば被告らの一存で容易に指示、実行できるものではなく、社内はもとより社外の関係機関に運転停止の必要性、合理性について具体的な根拠を示して説明し、理解、了承を得ることが必須だったと認められる。手続き的に相当な負担を伴うものだった。
 指定弁護士は、事故を回避するためには単に原子炉を停止するだけでは足りず、11年3月初旬までに各基の原子炉を停止した上、炉心が露出することを防ぎ、圧力容器内に水を補給しやすくするため、格納容器と圧力容器のふたを開け、圧力容器を水で満たしておく必要があったと言う。しかし、このような停止方法は本件事故発生経過を調査、検討した結果を踏まえた事故後の知見に基づくものだ。地震発生前の時点で、炉心損傷を防ぐため圧力容器の水位を高くしておくとか、放射性物質を「閉じ込める機能」を犠牲にして格納容器と圧力容器のふたを開放しておくといった発想に至るのは、実務的には相当に困難だった。指定弁護士が主張する運転停止方法は、技術的観点からも相当に困難なものだったと考えざるを得ない。

予見可能性

 原子炉等規制法の定める原子力施設の安全性に関する審査は、原子力工学など多方面にわたる高度な最新の科学的、専門的知見に基づく総合的な判断が必要とされる。自然現象を原因とする原子力災害は原因となる自然現象の発生メカニズムの全容解明が今なお困難で、正確に予知、予測することも困難である。
 原子炉等規制法や審査指針などからすると、原発の自然災害に対する安全性は「どのようなことがあっても放射性物質が外部に放出されることは絶対にない」といった極めて高度なレベルではなく、最新の科学的、専門的知見を踏まえて合理的に予測される災害を想定した安全性の確保が求められていたと解される。保安院が東電などに長期評価を取り入れた対策が完了するまで運転停止を求めなかったことからも実際上の運用として同様だったと解される。
 加えて運転停止という事故の結果回避措置に伴う手続きや技術的な負担を考えれば第一原発に10メートル盤を超える津波が襲来する可能性については当時の知見から合理的に予測される程度に信頼性、具体性のある根拠を伴うものである必要があったと解するのが相当である。
 武藤元副社長や武黒元副社長は長期評価に基づいて津波の数値解析をすると最高水位が15.7メートルになることなどを認識していたが、担当部長から解析結果の基礎となった長期評価の見解に根拠がなく、信頼性が低いと報告を受けていた。勝俣元会長は10メートル盤を超える津波が襲来する可能性を示唆する見解があるという認識はあったが、内容や信頼性は認識していなかった。
 被告3人は報告を受けた時期の先後や内容の濃淡に差があったにせよ、いずれも10メートル盤を超える津波が襲来する可能性について信頼性、具体性のある根拠を伴っているとは認識していなかった。
 被告3人は条件設定次第で10メートル盤を超える津波が襲来する数値解析結果が出ること、もしくはそのような津波襲来の可能性を指摘する意見があることは認識していたのだから、津波襲来の予見可能性がおよそなかったとは言いがたい。しかし武藤元副社長や武黒元副社長は長期評価の見解自体に信頼性がなく、適切な条件設定は専門家集団である土木学会で検討途上だと認識していた。勝俣元会長は長期評価の内容も認識していなかった。
 被告3人にとって数値解析の結果が出たからと言って、直ちに対策工事に着手し、完了するまで運転を停止しなければ津波の襲来で炉心損傷などの重大事故につながる危険性があるとの認識がなかったとしても不合理とは言えない。
 11年3月初旬までの時点の原子力安全対策の考え方から見て、被告3人の対応が特異なものだったとは言いがたく、逆にこのような状況下で津波襲来を予測して対策工事を実施し、完了するまで運転を停止すべき法律上の義務があったと認めるのは困難というべきだ。
 従って被告3人に第一原発に10メートル盤を超える津波が襲来することについて、発電所の運転停止措置を講じる結果回避義務を課すにふさわしい予見可能性があったと認めることはできない。
 指定弁護士は、被告らが一定の情報収集義務を尽くしていれば10メートル盤を超える津波の襲来を予見可能だったと主張する。しかしながら長期評価の見解は客観的に信頼性に疑義があり、東電社内はもとより他の事業者、専門家、原子力安全に関わる行政機関からも直ちに長期評価に基づく対策工事を実施し、完了まで運転を停止すべきといった指摘はされなかった。長期評価の見解を貞観津波とともに検討していた土木学会第4期津波評価部会も、具体的な波源モデルや数値計算の方法について審議の途上だった以上、被告らがさらなる情報の収集.補充を行っていたとしても、上記内容以上の情報が得られたとは考えがたい。指定弁護士の主張を検討しても予見可能性についての判断は動かない。
 そもそも東電は会社の規模、業務の多様性と専門性に加え、態勢からも業務分掌制が採られ、一次的に担当部署に所管事項の検討、対応が委ねられていたことなどに照らせば、土木グループなどの担当部署が情報収集や検討を怠り、あるいは収集した情報や検討結果を被告らに秘匿していたというような特殊な事情もうかがわれず、被告ら3人は基本的には担当部署から上がってくる情報や検討結果などに基づいて判断すればよい状況にあったのであっても、被告らが情報の収集.補充を怠ったことが問題となる事情はうかがわれない。

結論

 本件事故の結果は重大で取り返しのつかないものであることは言うまでもない。そして自然現象を相手にする以上、正確な予知、予測ができないことも明らかである。このことから自然現象に起因する重大事故の可能性が一応の科学的根拠をもって示された以上、何よりも安全性確保を最優先し、事故発生の可能性がゼロないし限りなくゼロに近くなるように、必要な結果回避措置を直ちに講じるということも社会の選択肢として考えられないわけではない。
 しかし、少なくとも本件事故発生前までの時点で賛否はあったにせよ、当時の社会通念の反映であるはずの法令上の規制やそれを受けた国の指針、審査基準などの在り方は絶対的安全性の確保までを前提にしていなかったと見ざるを得ない。確かに被告3人は本件事故発生当時、東電の取締役などという責任を伴う立場にあったが、そのような立場だったからと言って、発生した事故について上記のような法令上の規制の枠組みを超え、結果回避義務を課すにふさわしい予見可能性の有無にかかわらず刑事責任を負うことにはならない。
 以上、被告らにおいて業務上過失致死傷罪の成立に必要な予見可能性があったと合理的な疑いを超えて認定することはできず、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、被告らに対し刑事訴訟法336条によりいずれも無罪の言い渡しをする。

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