写真グラフ「本紙記者が見たチェルノブイリ 2015冬」

原発事故の結末を再認識

 世界を震撼(しんかん)させたチェルノブイリ原発事故から三十年になるのを前に、十一~十二月にかけて現地を歩いた。初めて見た光景は、三十年前の報道などで想像していたより厳しいものだった。
 原発から三十キロほど離れた地域では、廃屋だらけの集落で、つましく暮らす人の姿があった。移住する家がない、避難先になじめないと、ぽつぽつ戻ってきた人たちだ。生活は苦しく、内戦が拍車を掛ける。自給自足に近い生活で、ミルクや穀物、野菜、自生のキノコなどは確実に汚染されている。内部被ばくを伴うがここで生きるしかない。
 多くの街が無人となり、消えた。原発近くの作業員のために造られた都市プリピャチは住民全員が避難。こけとさびだらけの廃虚と化し、事故当時の汚染廃棄物があちこちに埋まる。生活の臭いも明かりも音もない。原発事故の結末を再認識させられた。(文・大野孝志 写真・梅津忠之)

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