全町避難 福島・富岡町で9年ぶりに運動会、支える学生ボランティア

 福島県富岡町の小中学校「富岡校」で5月25日、小中学校と幼稚園の合同運動会が開かれた。2011年の東京電力福島第一原発事故によって全町避難を強いられたため、町内での運動会は10年以来、9年ぶり。17年4月の避難指示解除後に帰還した住民らも訪れ、競技に汗を流す59人の子どもたちに声援を送った。(松尾博史)

9年ぶりの運動会の様子=福島県富岡町で

 富岡町は原発事故から半年後の11年9月、約50キロ離れた福島県三春町に小中学校と幼稚園を併設した「三春校」を開設。18年4月には町内にあった小中学校4校を集約して「富岡校」を設けた。
 本年度、三春校では19人、富岡校では26人の小中学生が学ぶ。子どもが少ないため、昨年は三春校の校庭で、合同で運動会を開いた。今年は帰還した町民にも運動会に参加してもらおうと、初めて富岡校で開催。福島県郡山市の避難先から町が用意したバスで駆け付ける町民もいて、玉入れや綱引きなどの種目を一緒に楽しんだ。
 この日の運動会は暑さ対策で、プログラムを一部省略した。

青空の下、9年ぶりの運動会で玉入れをする児童ら=福島県富岡町で

思い出づくり支える 千葉大生ボランティアたち

 東京電力福島第一原発事故で全住民の避難を強いられた福島県富岡町。25日、9年ぶりに町内で開かれた小中学校の運動会を、千葉大(千葉市)の学生ボランティアたちが支えていた。町に住む若い世代が少ないため、小規模校の運営に試行錯誤している小中学校の教員は「心強い」と話す。
  雲一つない青空が広がった運動会当日の午前8時半前、富岡町の小中学校「富岡校」の校庭に、千葉大の学生20人と教職員5人の姿があった。用具などの準備をする中にいた教育学部四年の中越早紀さん(21)は、福島第一原発が立地する大熊町で生まれ育った。
 「被災した地域の学校の現状を見て、勉強したかったんです」。小学校教員を目指す中越さんは原発事故当時、大熊町の中学校に通っていた。避難先の福島県いわき市内の中高を卒業後、千葉大に進学。故郷は今も放射線量が高い帰還困難区域のままで、自宅に戻ったことはない。
 入学当初から大学がボランティアを募っていたことは知っていたが、これまで授業の都合で参加できなかった。ようやく訪れることができた学校で、子どもたちと一緒に踊りも披露した。「学校に通う中で、友人や恩師と出会うことができた。自分にとって大事な場所。子どもたちにとって、運動会がいい思い出になってほしい」と笑った。

運動会の準備で校庭にテーブルを並べる中越早紀さん(右)と滝沢光さん=福島県富岡町で

卒業生が教員の縁、2012年から千葉大が協力

 千葉大は、卒業生が原発事故時に町の小学校教員だったつながりで、2012年から学生にボランティアを呼び掛けてきた。町が福島県三春町で再開した学校の運動会などの行事に協力。毎回20人前後が参加し、福島県内の小学校教員になった卒業生もいる。
 大学院融合理工学府の修士2年、滝沢光(あきら)さん(23)は「子どもたちの成長ぶりが見たくて」と、運動会には4年連続の参加。9年ぶりに町に戻った運動会について「地元の人にとっては悲願だったと思う。町の新たな一歩を、一緒に体験できれば」と笑顔を見せた。

運動会の開会式で帽子を振りながら元気に歌う子どもたち=福島県富岡町で

町の現状、依然厳しく

 ただ、町の現状は厳しい。避難指示解除から2年が過ぎたが、5月1日時点で町に住む人は1010人と、住民登録者の1割にも満たない。帰還困難区域も残り、復興は道半ば。小中校の児童・生徒も少なく、教員たちは手探りの運営を続ける。
 富岡校の岩崎秀一小学校長(60)は「大学生たちは子どもたちにとって、教員よりも年齢の近いお兄ちゃん、お姉ちゃんのような存在。少ない子どもたちだけでグラウンドを走るのは寂しいが、にぎやかになるので心強い」と話した。

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